ソフトボール教室で子どもたちに言われたこと「宇津木さんだから打てるんでしょ?」

西日本スポーツ

 東京五輪ソフトボール女子日本代表の宇津木麗華監督は、北京五輪以来となる金メダル獲得の期待を担う中で令和を迎えた。

 生まれ故郷の中国から昭和に来日。選手や指導者として平成を駆けた。一度は五輪から除外された期間の苦しさを知るからこそ、選手には日本代表として五輪で戦う意味や価値を問い続ける。「競技人生の集大成」と言い切る東京五輪への道のり。その思いを語った。

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 残暑は厳しくても、空の高さと青さが季節の移ろいを感じさせる。群馬の高崎で暮らす私は晩夏の空の下、きょうもせっせと歩いている。花粉症持ちのため、春から控えていたウオーキングを夏から再開した。日課は1万歩。代表活動は日本リーグ女子の終了後、11月中旬から再び始まる。選手と同じ目標に向かってアプローチする以上、身も心も引き締めておきたい。

 子どもたちのひたむきな姿を目にしたことも、気持ちの張りと無縁ではない。今夏、高崎市ソフトボール場で中高生を教えていただけないでしょうか、と依頼された。中学生は群馬のクラブチーム。高校生は関東の学校で、普段寮生活を送っている。夏の思い出になれば、と引き受けた。少子化や指導環境の変化などで中高の部活動でソフトボールに打ち込む生徒が減っているという。正しい体の使い方を覚えて良いプレーができれば、もっと好きになってくれるかもしれない。

 低めを打つのが得意な選手は、打者の手元で浮き上がるライズボールが苦手だったりする。こういう打ち方もあるよ、と長所に目を配りながら助言する。日本リーグで活躍し、日の丸を背負って五輪でプレーすることを夢見る選手もいれば、中高の部活動で仲間と一緒に青春を楽しみたい選手だっている。取り組み方は人それぞれ。昔、ソフトボール教室で子どもたちに言われたことがある。「宇津木さんだから打てるんでしょ?」と。確かに身体能力や遠くに飛ばす力は人並み以上にあったかもしれない。それでも、私はこう考える。最終到達点は違っても、上達する可能性は誰にでもある。真っすぐな心でソフトボールと向き合うこと。その上できちんと教われば、引き出しの数とともに成功体験も増えていく。

 今回、中高生はビックカメラ高崎の選手たちに交じって一緒に練習した。岩渕有美監督がノックを打ち、投手には上野由岐子がアドバイスした。スターの上野から教わるのはもちろん、一切の無駄をそぎ落としたようなフォームを目にしたことで「何で楽に投げられるんだろう」と感じたかもしれない。代表でも4番を打つ山本優の豪快な打球に「私にも打てるかも」と思えてくるかもしれない。

 実は簡単に映ることほど難しい。それはともかく、一流のすごさを体感し、よしまねしてみよう―とチャレンジ精神を持つことが大切だ。ポジティブな行動はポジティブな結果を引き寄せる。質問もぶつけた方がいい。人のプレーを盗むことは学ぶことでもある。盗むことは決して悪くないと、私は代表選手にも口を酸っぱくして伝えている。

 昨年完成した高崎市ソフトボール場は女子日本代表が合宿を行い、国際大会も開催された、日本でも数少ない専用球場だ。子どもたちの憧れの舞台から、未来を担う選手が現れてくれればうれしい。コロナ禍でいつもとは違った夏、過ぎ去りし季節の記憶として胸にとどめておきたい。(ソフトボール女子日本代表監督)

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 宇津木 麗華(うつぎ・れいか)1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。

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