驚きの経験 ソフト代表監督が岡本綾子の試合でキャディー務めた理由

西日本スポーツ

 東京五輪ソフトボール女子日本代表の宇津木麗華監督は、北京五輪以来となる金メダル獲得の期待を担う中で令和を迎えた。

 生まれ故郷の中国から昭和に来日。選手や指導者として平成を駆けた。一度は五輪から除外された期間の苦しさを知るからこそ、選手には日本代表として五輪で戦う意味や価値を問い続ける。「競技人生の集大成」と言い切る東京五輪への道のり。その思いを語った。

   ◇   ◇   ◇

 私が暮らす群馬県はちょっと車を走らせれば、良いゴルフ場が数多くある。山々の尾根は美しく、澄んだ空気に触れるのは心地良い。月に2度ほどのラウンドは体力維持や気分転換だけが目的ではない。ゴルフは18ホールでソフトボールは7回。そこでどう戦い、どんな心境で臨むのか、「選手」の気持ちに戻れるのがプレーする一番の理由だ。

 ゴルフは自分で全部できないとプレーが成り立たない。一人でジャッジして本塁打(ティーショット)を狙い、犠打(アプローチやパッティング)も決める。自然やコースとの闘いもある。ソフトボールのように左で打つと古傷の腰が痛むので、体に負担がかからないようにゴルフは右で軽く打つようにしている。球はさほど曲がらないのに、スコアは安定しない。心理的なものが大きいのだろうか。原因を探るのは「自分探し」をしているようで楽しい。240ヤード飛ばしても、1センチのパットを沈めても同じ1打。実に奥が深い。

 「世界のアヤコ」と呼ばれた女子プロゴルファー、岡本綾子さんのキャディーを務めたことがある。練習ではなく、レギュラーツアーだった。私が現役時代のこと。所属チーム、代表の監督だった宇津木妙子さんから「トッププレーヤーから学びなさい」と勧められた。記憶では32歳の夏ごろで、一回り上の岡本さんは44歳だったと思う。41歳でユニホームを脱いだ身には到底まねできない。

 当時ゴルフをよく知らなかった私ができたのは、プレー中にトイレに行かないで済むようにスタート前の水分摂取を控えたことぐらい。「(ゴルフ)バッグはその辺に置いてくれれば、自分でクラブを選ぶから。『申し訳ない』なんて思わなくていいよ」。けれん味のない岡本さんの言葉同様、クラブの番手選びもスイングも迷いがなかった。

 バッグは重くて大きなツアー仕様ではなく軽量型。通常14本のクラブは1本抜いて13本だった。現役選手だった私にけがをさせない配慮なのだ、と無言の背中から感じた。印象深い出来事がある。旧知のキャディーさんが親切心から私に助言すると、岡本さんはこう言い切った。「彼女のことは私が面倒を見るから、あなたは自分のプロのことに集中しなさい」。その場の雰囲気に流されない強さ。今、自分がここで何をするべきか-物事に対して真摯(しんし)に、丁寧に向き合う。競技は違えど、こうありたいと胸に刻んだ。

 一流は一流を知るのだろう。ソフトボール出身でエースだった岡本さんも、東京五輪に向けて上野由岐子(ビックカメラ高崎)の状態が気になるみたいだ。上野をはじめ選手たちに自分の考えや思いを伝えるときは、いつも岡本さんの言葉を思い出す。「選手には直接言ってあげなさい。時には叱ることも大切だよ。一部の選手を特別扱いしてはいけない。周りの選手も見ているから」。秋の夜長、岡本さんから学んだ愛情の意味をかみしめている。(ソフトボール女子日本代表監督)

   ◇   ◇   ◇

 宇津木 麗華(うつぎ・れいか)1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。

PR

ゴルフ アクセスランキング

PR

注目のテーマ

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング