【独占手記】39歳のソフトバンク和田、完全復活の裏に…松坂、藤川と交わした言葉

西日本スポーツ

 ◆ソフトバンク5-1ロッテ(27日、ペイペイドーム)

 3年ぶりのV奪回を果たしたソフトバンクのチーム最年長、和田毅投手が西日本スポーツに独占手記を寄せた。優勝決定試合の勝利投手で39歳はパ・リーグ最年長。左肩故障から完全復活しシーズンを通してほぼローテーションを守り抜いた左腕が、ユニホームを脱ぐ同学年の仲間への思いや日米通算19年目となる来季への意欲をつづった。

 新型コロナウイルスによって誰も経験したことがないシーズンの最後に、こうやってみんなと喜びを分かち合えたのは感慨深い。ラストスパートをかけられたのも、激しいチーム内の競争を勝ち抜くため、それぞれが自覚をもって練習してきたからだろうと感じた。

 僕らにとってはコロナ禍だけではなく、お世話になった川村(隆史3軍コンディショニング担当、9月15日死去)さんとの別れもあった。いまだに信じられないが、そういう特別なシーズンであっても強さを発揮できるチームメートを誇りに思う。

 僕は去年、肩の不安がなく投げられた試合は一回もなくて、中8、9日は空けないと回復しなかった。でも、今年は中6日でも何度か投げて、間隔を空けてもらう配慮をしてもらいながら、何とか1年間投げ続けることができた。

 左肩のリハビリに1年半をかけて、去年はまた野球ができるという喜びがあった。その半面、打たれても「仕方ない、また次頑張ろう」という諦めがあった。それが今年は悔しさとか「もっとできるはず」という思いが出てきた。涌井と投げ合った時にグラブを投げてしまった(※1)けど、まだそういう気持ちになれるんだと。それは、去年の時点では消えていた感情だった。

 印象に残っているのは10月11日のロッテ戦(※2)。今年はロッテにずっと勝ち越せず、しかも相手はローテーションを崩してまで美馬君を当ててきた。前の日に(東浜)巨が勝って、今年、一番負けられないと思った試合。あそこで負ければまたゲーム差なしで嫌な感じになっていたかもしれない。その試合は5回までだったけど、美馬君に投げ勝てた。チームも「ロッテにも勝てる!」という雰囲気になって一気に12連勝。そこは貢献できたかなと思う。

 今年はシーズン中に同世代の(阪神・藤川)球児や、(楽天・渡辺)直人が引退を表明した。球児は2014年の米カブス時代のチームメート。そのころ、(西武・松坂)大輔はメッツにいて、僕らがニューヨーク遠征に行った時に3人で食事に出かけた。

 3人には共通点があって、大輔が11年、僕は12年、球児は13年に肘の手術(側副靱帯=じんたい=再建手術、通称トミー・ジョン手術)をしている。食事をしながら「俺たちトミー・ジョン3兄弟だな」って笑い合った。でも、それは「チームのために身を削りながら投げてきた勲章だよな」と。慰め合ったというか、励まし合ったというか。同世代ってそういう存在だと思う。

 年を重ねるほどに体が弱っていくのは間違いないこと。また同じようなけがをしてしまったら、続けることは無理だと思う。いずれ、自分もどうするか決めないといけない時は訪れる。でも、自分の中で「まだ抑えられるな」という感覚があって、チームも必要としてくれるのであれば投げていたい。これからは、自分にとっても未知なる挑戦になる。 (福岡ソフトバンクホークス投手)

 ※1 8月5日の楽天戦(楽天生命パーク宮城)で、2008年北京五輪でともに日本代表だった涌井と3年ぶりに投げ合った。互いに譲らぬ投手戦は和田が5回に5安打を集められ一挙3失点で先に降板。ベンチに戻ると、悔しさに任せてグラブを力いっぱい投げつけた。

 ※2 10月9日からのロッテ3連戦(ペイペイドーム)は初戦で黒星。ゲーム差なしの1厘差に迫られての2戦目で東浜が8回1失点と快投した。1勝1敗で迎えた3戦目、和田が5回1安打無失点、森が史上6人目の100セーブ&100ホールドを達成。ロッテと今季5度目の同一カード3、6連戦で初めて勝ち越した。

 ◆和田毅(わだ・つよし)1981年2月21日生まれ。島根・浜田高、早大から2003年に自由獲得枠でダイエー(ソフトバンク)入団。同年に新人王、10年に最多勝を獲得しMVPに選ばれた。11年オフにフリーエージェント宣言し米メジャーへ移籍、オリオールズとカブスでプレーし16年にソフトバンクへ復帰した。同年に最多勝と勝率第1位。179センチ、80キロ。左投げ左打ち。

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