揺れていた内川 引退後の夢を思い大学受験の準備も

西日本スポーツ 石田 泰隆

 ◆ウエスタン・リーグ ソフトバンク5-1阪神(1日、タマスタ筑後)

 ウッチー、ありがとう! 福岡ソフトバンクの内川聖一内野手(38)が、2011年から10年間在籍したホークスに別れを告げた。1日、2軍本拠地のタマスタ筑後で行われた阪神とのウエスタン・リーグ最終戦に「3番一塁」で先発。2打数無安打1四球に終わった試合後、チームを代表してファンに謝辞を述べるとともに、今季限りでの退団を表明した。今季は2軍で42試合に出場して打率3割2分7厘、1本塁打、17打点。球団は功労者として本人の意思を尊重する方向で、きょう2日にも退団が発表される見通しだ。

 5回。「ホークス内川」として最後の打席が回ってきた。それまでの2打席はいずれも凡退。何とか快音を響かせたい思いで好球必打に徹したが、結果はストレートの四球に終わった。

 ただ「ファンの皆さんの声を聞けて、10年間(ホークスで)やってきてよかった」と心は晴れ晴れとしていた。直後、代走を送られて交代。降り注ぐ万雷の拍手にヘルメットを取り、頭を下げて感謝を示した。

 現役を退く時はホークスの内川としてユニホームを脱いでほしい-。10年オフ。横浜からフリーエージェント(FA)宣言した際、獲得に乗り出したホークスから掛けられた言葉が心の支えだった。「自分もそのつもりで、ここまで全力で走ってきた」。野球人生の残り全てを、4番も主将も務めたホークスにささげる覚悟だった。

 昨オフの契約更改では、野球協約で定められた減額制限に迫る約38%の大幅ダウンを提示されても「2%残してくれた球団の愛情に恩返しできるように頑張りたい」と意気込んでいた。同時に「駄目なら引退するだけ」と退路も断った。

 しかし、この1年は苦難の連続だった。コロナ禍で開幕が6月にずれ込むと、調整が難航して03年以来の2軍スタート。それでも「この結果を招いたのは自分の責任」と必死に気持ちを奮い立たせた。前を向けたのは工藤監督が結果重視の方針を打ち出していたからだ。

 ただ、どれだけ2軍で結果を残し、昇格の推薦を得ても、1軍から声が掛かることはなかった。昇格していくのは数字の面では自分に及ばない若手ら。やがて、コロナ禍でチーム合流が夏場までずれ込んだデスパイネグラシアルにも、先を越された。

 チーム編成上だと理解はしていたが、覚悟を決めて臨んだ1年だっただけに心は揺れた。「高校野球の指導者になるなら先生という立場で教えたい」。実際、引退後の夢として持つ教師への転身を図るため、大学の資料を取り寄せて受験準備に入った時期もあった。

 ただ一つ、現役続行への思いを断ち切れない理由があった。“死に場所”を与えられなかったことだ。2軍とはいえ高打率を維持しながら、今の自分がどれだけ1軍でやれるかの判断がつかなかった。「ちょっとこのままでは終われないというのが正直なところ」。包み隠さず、明かした。

 だから、38歳にしていばらの道を突き進むことを決めた。真っ暗なトンネルの入り口に自ら立った内川は、退団という選択をしたことに後悔はしていない。

 内川がよく聞く曲の一つに、シンガー・ソングライター馬場俊英の「スタートライン」がある。その歌い出しが自身の境遇と重なる。

 ♪もうダメさ これ以上は前に進めない そんな日が誰にだってある♪

 どんな状況に追い込まれても、人は何度でもやり直せると続く歌詞に励まされ、背中を押されてきた。そして曲にはこんな一節もある。

 ♪くじけそうな時こそ 遠くを見るんだよ 見えない このスタートラインから また ここから♪

 現役最多のNPB通算2171安打を放つ希代のヒットマンが、新たな「スタートライン」に身を置く。まだバットを置くつもりはない。置けるわけがない。 (石田泰隆)

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