ボローニャ冨安健洋の知られざる不安「こんなにうまくいっていいのか」

西日本スポーツ

 ◆冨安健洋コラム「僕の生きる道」

 サッカー日本代表DFで、東京五輪での活躍が期待されるイタリア・セリエAボローニャの冨安健洋。福岡で生まれ育ち、アビスパ福岡で土台を築き、活躍の場を海外に広げた。これまで歩んできた道を振り返りながら、現在の考えや未来、理想などをコラム「僕の生きる道」につづる。

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 今回、縁あって、このような形でコラムを始めることになりました。福岡で生まれ育った自分にとって、福岡は原点の場所です。日本では福岡でしか生活をしたことがない。帰る場所はそこしかない、という気持ちです。19歳で海外に行き、改めて故郷への感謝の思いが湧いてきました。福岡で育ったからこそ、今の自分があると実感しています。

 今年は新型コロナウイルスの感染拡大で、自分もサッカーから離れた時期が続きました。こんなにサッカーができなかったのは初めて。こういう異例のシーズンにサッカー選手として、自分に関心を持ってくださる皆さんにどうアプローチすればいいのか。すごく考えました。これまでの感謝の気持ちを伝えるとともに、子どもたちの成長につながるきっかけをつくることができる何かを発信したかった。その思いもコラムを始めようと考えたきっかけの一つでした。

 今は会員制交流サイト(SNS)を通じ、自分の意見を簡単に発信できる時代になりました。そういったツールも活用はしますが、個人的にあまり得意ではないというのもあって…。紙面を通し、なるべくいろいろな形で伝えたいと思います。

 幼稚園のころからサッカーを始め、中学生になってアビスパ福岡の下部組織に入りました。アビスパでサッカーができたから、ここまで来ることができたのは間違いないです。海外に移籍した後、自分がいかに素晴らしい環境でプレーさせてもらっていたのかに気づきました。

 僕の人生は、人に恵まれてきました。指導していただいたスタッフの皆さんからは、サッカーだけでなく、人として尊敬されるべき選手になることの大切さなども学びました。高校3年生になるタイミングでアビスパのトップチームに昇格させていただいたことも感謝しています。

 一年でも早くプロになってプレーするという目標があったので、高校の部活動ではなく、迷うことなくアビスパのユースチームに進むことを選びました。一緒にプレーした仲間もレベルが高かった。そういう環境で練習させてもらったことが自分の成長につながったと感じています。

 自分を育ててくれたアビスパの戦いも気にかけています。J2で12連勝というクラブ新記録は素晴らしいし、大きな刺激をもらっています。勝ち続けることは考えていた以上に難しい。今、ボローニャはなかなか波に乗れなくて…。昨年から1、2試合勝っても次が悪い、ということが続いている。勝ち続けられる理由を知りたいですね。今年は5年周期のJ1昇格年ですし、昇格してくれると信じています。

 来年は東京五輪という大きな舞台も待っています。10月の日本代表の活動期間には、森保一監督から「金メダルを狙っているからな」と直接伝えられました。五輪世代の選手にとって、金メダルという目標は共通認識。自分はチームの中心となって、周囲にいい働き掛けができる存在になれるように努力します。

 サッカーを始めてからボローニャに移籍するここまでのステップアップのスピードは、速すぎるくらいだというのが実感です。こんなにうまくいっていいのか、という思いとともに、この先どうなるのか。そんな不安もあります。それでも将来は世界のビッグクラブと呼ばれるようなチームでプレーしたい。ここで満足してはいけない、という思いも強く持っています。

 目の前の相手に負けない、今の状況に全力を注ぐ。貫いてきたスタンスは、この先も変わらないでしょう。そうやって進んできた自分の思いを伝えていくつもりです。よろしくお願いします。(日本代表、ボローニャ)

 ◆とみやす・たけひろ 1998年11月5日生まれ。福岡市出身。三筑キッカーズからアビスパ福岡の下部組織に進み、高校2年時の2015年にトップチームに2種登録され、翌16年に正式昇格。18年1月にベルギー1部のシントトロイデンに移籍し、19年7月にイタリア・セリエAのボローニャへ。日本代表通算20試合出場、1得点。187センチ、84キロ。

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