ソフト宇津木監督41歳まで現役を続けた理由 電車で見知らぬ男性に掛けられた言葉

西日本スポーツ

 東京五輪ソフトボール女子日本代表の宇津木麗華監督は、北京五輪以来となる金メダル獲得の期待を担う中で令和を迎えた。

 生まれ故郷の中国から昭和に来日。選手や指導者として平成を駆けた。一度は五輪から除外された期間の苦しさを知るからこそ、選手には日本代表として五輪で戦う意味や価値を問い続ける。「競技人生の集大成」と言い切る東京五輪への道のり。その思いを語った。

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 監督という立場もあって、私は常に人の視線を意識している。誰かの迷惑になっていないか、自分にブレーキをかけることもある。昔からお世話になり、ラウンドや酒席もご一緒させていただいている女子プロゴルファーの岡本綾子さんは自身のペースを崩さない。明瞭な言動の中には血が通ったぬくもりを感じさせる。私もこうありたい。

 自粛期間中だった今春のことだ。岡本さんが当時史上最年長の42歳で初優勝した1993年の日本女子オープンを回顧する特集番組をテレビで見た。日本人初の米ツアー賞金女王に輝くなど日米女子ツアー通算61勝の岡本さんでも、日本女子オープンだけはなかなか勝てなかった。プレーオフの末に見せたインタビューの際の感涙にむせぶ姿に胸を打たれた。コロナ禍で先が見えなかった時期、何ごとも諦めてはいけないんだとあらためて感じ入った。

 100人の中の一人になるのか、はたまた千人の中の一人になれるのか。勝利の女神に「選ばれた人」は二つの要素を備えている。精神面の強さ、目指すところをきちんと持っているか。岡本さんは優勝を何度重ねても反省と自戒を忘れなかったそうだ。大事な試合を勝てていないという葛藤を抱えていたのではないだろうか。押し寄せる重圧を払いのけ、周囲が望むタイトルを手にできたという安堵(あんど)が、あの涙となって表れた気がする。

 ソフトボールの代表活動は、今月中旬から国内強化合宿がスタートする。東京五輪の1年延期が決まってからは初めての招集となる。20人の強化指定選手の中から15人の代表メンバーを選考していく過程で、目指すものを持っているかどうかを知ることは大切だ。「オリンピックがあるから(現役を)やめない」と考えている選手がいるかもしれない。その選手が今、何らかの壁にぶち当たっているとしたら、どんな言葉を掛けてあげたらいいのだろう。思案しながら、自分の現役時代のことを思い出した。

 気が付いたらソフトボールと“結婚”して、競技に打ち込んでいるうちに、年齢を重ねた。期待に応えようという気持ち、わが身に照らしてもよく分かる。2000年のシドニー五輪から帰国後、電車に乗っていると、見知らぬ男性から突然、声を掛けられた。「宇津木麗華さんですよね。選手をやめないで、もっと活躍してほしい。ソフトボールの素晴らしさ、面白さをもっと伝えてほしい」。当時37歳。ユニホームを脱ぐ選択肢もあっただけに「もう少し頑張ってみようかな」と背中を押された。

 五輪の前に右肩を手術したこともあり、現役に固執する考えは持っていなかった。知らない人の率直な言葉だからこそ心に響いたのだろう。ソフトボールとともに歩んできた人生なら恩返しするしかないと、41歳でバットを置くまで支えになった。代表を率いる今も、胸の内で生きている。(ソフトボール女子日本代表監督)

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 宇津木 麗華(うつぎ・れいか)1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。

 

 

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