内川ヤクルト入り決断!背番「7」有力 交渉解禁日に即決、背景に恩師の存在と家族会議

西日本スポーツ

 即決! 福岡ソフトバンクを今季限りで退団し自由契約選手として公示されていた内川聖一内野手(38)がヤクルト入りを決断したことが7日、分かった。交渉解禁となったこの日に複数球団が接触。初日から争奪戦が展開されたもようだが、横浜(現DeNA)在籍時代に指導を仰ぎ、恩師として慕う杉村繁1軍打撃コーチ(63)の存在が決め手となったようだ。背番号は「7」が最有力で、近日中に正式発表される見通し。希代のヒットマンが11年ぶりとなるセ・リーグ復帰で完全復活を目指す。

 ある程度腹は決まっていたのだろう。11月2日のホークス退団発表後、他球団での現役続行を強く希望してきた内川が、11年ぶりのセ・リーグ復帰となるヤクルト入りを決めた。球団側は背番号「7」を用意し、迎え入れるもようだ。

 交渉が解禁となったこの日、自由契約選手として12月2日に公示された内川の元へはヤクルトをはじめ複数球団が接触。6日には「正式オファーを頂ければ、なるべく早い段階で決断するのが理想」と話していた通り、交渉即決断に至ったようだ。

 「お誘いいただけたことにまず、感謝しなければならない。ヤクルト球団から『力を貸してほしい』と言ってもらえたことがうれしかった。決断を長引かせるのは良くないとも思っていた。何より、スギさんの存在が一番です」

 内川の決断に最も大きかったのは、来季もヤクルトの1軍打撃コーチを務める杉村氏の存在だった。右打者史上最高打率となる3割7分8厘で自身初の首位打者に輝いた横浜時代の2008年。今や日本野球機構(NPB)で現役最多の2171安打を誇る打撃の基盤を築いてくれたのが、当時の杉村打撃コーチだった。

 今でも恩師と慕う杉村氏は、ヤクルトでトリプルスリーを3度も達成し、今オフ、新たに7年の大型契約を結んだ山田哲の「育ての親」としても知られる。内川はそんな杉村氏との“再タッグ”で完全復活を目指すのはもちろん、今後の自身のあり方を学ぶ最高の機会とも捉えている。

 「今の自分がさらに向上するために、スギさんがどんなアプローチをされるのか大変興味深い。それを学び、今後、自分が培ってきたものを若い選手に伝えていくことも大事かなと」

 もう一つ、ヤクルト入りを決めた理由がある。退団決定後、自身の進路を巡って開いた家族会議で父一寛さん(63)が漏らした言葉が心に響いていた。

 「息子がプロで神宮の一塁を守ったら感慨深いな」

 法大野球部出身の一寛さんは神宮でのプレー経験を持ち、4年春のリーグ戦では一塁手としてベストナインに輝いた実績を持つ。大分工高の監督と選手という親子鷹では甲子園出場の夢は果たせなかったが、今回は違った形で「父の夢」をかなえられそうだ。

 ヤクルトは今オフ、山田哲が残留。新外国人打者2人を獲得するなど積極補強を行う。置かれる立場は厳しいままだが、内川の心は晴れやかだ。「これで落ち着いて練習に打ち込める。これからはヤクルトのために、どんな役目でもこなしたい」。希代のヒットマンが「恩返し」のプロ21年目に思いをはせた。

PR

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング

PR

注目のテーマ