上野由岐子が監督と口論? ソフト代表合宿の出来事

西日本スポーツ

 東京五輪ソフトボール女子日本代表の宇津木麗華監督は、北京五輪以来となる金メダル獲得の期待を担う中で令和を迎えた。

 生まれ故郷の中国から昭和に来日。選手や指導者として平成を駆けた。一度は五輪から除外された期間の苦しさを知るからこそ、選手には日本代表として五輪で戦う意味や価値を問い続ける。「競技人生の集大成」と言い切る東京五輪への道のり。その思いを語った。

   ◇   ◇   ◇

 暮れも押し詰まり、年内の代表活動を沖縄で打ち上げた。11月に再開した国内の合宿で各地を巡りながら、私は宿舎の部屋で上野由岐子とよく話し込んだ。声は外にいた他の選手にまで聞こえたらしい。口論になっていないかヒヤヒヤしていたようだ。20年も同じ時間を過ごしてきた私たちにとっては普通の会話。監督としての戦略面は公にできなくても、練習方法などは意見を交わす。知識が豊富な上野を「あなたが監督になったら分かるから」と冗談口調でかわしつつ、やりとりを楽しんでいる。

 なぜ、こんな話から入ったかというと、再開後の合宿が過去にないぐらい充実していたからだ。上野や主将の山田恵里が先頭に立ち、若手が萎縮することなく伸び伸びと楽しくやれる雰囲気をつくってくれた。合宿前に私は上野に伝えた。「気が付いたことがあれば、後輩たちに声を掛けてほしい。あなたの一言は、ある意味、監督の私よりも重みがあるんだから」。意図を理解してくれたのか、選手に助言する姿は頼もしかった。熱が入るあまり、押し付けの言葉にならないかと心配したほどだ。それも杞憂(きゆう)だった。

 練習に打ち込む選手たちを見ながら「道」って何だろう、と考えるときがある。何か一つに夢中になれることだとしたら、私の人生はソフトボールの「道」を歩んでいると胸を張って言い切れる。やる以上は高いレベルで勝負して「勝」を選ぶ。人生を懸けた一本の「道」を逃げずに後悔なく進んできた。その過程で目指すべき「勝」へのアプローチには、いくつもの「道」があっていい。最近、そう思えるようになった。

 コロナ禍で東京五輪が延期となったことで、選手は1歳年を取る。アスリートにとってプラス1年の持つ意味は大きく、重い。強化試合がなかなかできず、練習面でも制約を受けた。選手の特徴などを踏まえて作戦を練っていた私も4年間の準備を白紙に戻さざるを得ず、不安にかられた。

 一方で「自分だけの世界、思考で全部うまくいくわけではないんだ」と気付かされたのも確かだった。五輪での金メダル獲得という目標は揺るがなくても、あまり自分を追い込んだり苦しめたりする必要はない。むしろ人間らしく、自分らしくやっていく方がいい。仮に20人の選手がいたら20通りの道、考え方もある。生きる道は一つでも、生かす道は一つではない。

 主役である選手の力を信じ、奮い立たせる言葉を投げ掛けたい。光る才を一瞬たりとも見逃さず、確実に生かしていく眼力を養いたい。試合では劣勢の展開でもためらいなく選手を起用し、自ら仕掛けて勝機をつくる覚悟を持ち続けたい。攻撃はもちろん、守備でも常に攻める姿勢で臨みたい。「ソフトボールをとことん極めたい」と願う私の心はどこまでも自由で無限大だ。未曽有の年を経て、新たな一年がやってくる。待ったなしの勝負を楽しめそうな自分がここにいる。(ソフトボール女子日本代表監督)

   ◇   ◇   ◇

 ◆宇津木 麗華(うつぎ・れいか)1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。

PR

スポーツ アクセスランキング

PR

注目のテーマ

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング