ラッキーボーイ、声出しで名人芸…ソフトバンク西田哲朗29歳 戦力外で引退、広報に転身する思い

西日本スポーツ 森 淳

 2020年、コロナ禍の特別なシーズンは福岡ソフトバンクの4年連続日本一で幕を閉じた。

 栄光の裏で、今オフもチームに、ユニホームに別れを告げた選手たちがいる。西田哲朗内野手(29)はチーム広報に転身。楽天からトレードで移籍し、在籍期間は3年だったが短期決戦で輝き、明るいキャラクターもあって愛された。今度は選手をファンやメディアとつなぐ懸け橋の役割を担う。

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 チームが4年連続日本一を達成した翌日の11月26日、西田は球団事務所へ呼ばれた。「強いホークスで、移籍1年目から日本一も経験させてもらった。クビになったらここで辞めようと思っていました」。故障が響き、出場7試合にとどまった昨年も戦力外を覚悟。その時から決めていた。「半分以上はけがの現役生活。最後は潔く」と思った。

 大型内野手と期待されたが、楽天で定位置確保に至らず、ソフトバンクにトレード。4番起用もしてくれた故星野仙一さんが楽天監督だった時の背番号77を、帽子のつばに書き込んでプレーした。12球団屈指の選手層。がむしゃらだった楽天時代と少し違い「何か一つでも役に立つピース」を目指した。1年目の2018年、西武とのクライマックスシリーズ・ファイナルステージは故障した今宮の代役ショートを務め打率5割8分3厘。短期決戦でラッキーボーイになった。

 広報の打診には、同じく選手出身の金子圭輔広報が来季スコアラーに配転となる事情もあった。感謝しつつ、進路は1カ月ほど熟慮。プロ野球選手会のセカンドキャリア支援も活用し、面接も受けた。進んで質問する姿や受け答えが評価され、熱心に誘ってくれた企業もあった。フォロワー約3万5000人のインスタグラムを生かした事業も考えたが、地元大阪で不動産業を営む父・栄さんの言葉に思うところがあった。「野球界の外に出る前に、選手以外の立場からも野球界を知るのがいいのでは」

 試合前の円陣での声出しが評判だった。尻ポケットからスルメを取り出し「全力疾走とか、あたりめぇのことをあたりめぇにやりましょう」とやった。一番の思い出は数ある中から、18年日本シリーズの幕切れを挙げた。三塁で広島・鈴木誠のゴロをさばいたが「コンタクトがズレてたんですよ。あの年、ナイターはつけてて。一塁送球も良くなかったでしょ」。感動の大団円にも、西田らしい笑いがあった。

 広報の仕事は「見えないけど、みんなの役に立てる、空気みたいな存在になれればいいのかな」と思い描く。「先輩方に学びながら、ファンやメディアの皆さんに選手の魅力を伝えることで恩返ししていきたい」。シリーズ史上唯一、日本一決定試合で決勝スクイズを決めた男。献身で大きな価値を生む。(森 淳)=敬称略=

 ◆西田哲朗(にしだ・てつろう)1991年9月4日生まれ。大阪府茨木市出身。大阪・関大第一高からドラフト2位で2010年に楽天入団。14年に自己最多131試合に出場した。17年オフに斐紹(山下斐紹=来季中日育成)との交換トレードでソフトバンク入り。180センチ、85キロ。右投げ右打ち。

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