コロナ禍での変化を選手のための変革に 甲子園がない高校野球で見た光景

西日本スポーツ 前田 泰子

【記者コラム】

 2020年の世界を大混乱に陥れ、現在も感染拡大が続く新型コロナウイルス。スポーツ界も異例の1年となったが、担当する高校野球も例外ではなかった。

 出場校が決まっていた春の選抜大会は中止。春からの公式戦や、第102回を迎えた全国選手権も地方大会から中止となった。夏も甲子園の夢が破れた今年の球児からは「僕たちはチャレンジすらできなかった」という悔しさも漏れた。

 全国選手権が中止となり、各都道府県では代替となる独自大会が開催された。高校最後の年に公式戦がなかった3年生全員がベンチ入りして戦ったチームも多かった。「毎年こうならメンバー選考で苦労しないんだけどなあ」。ある強豪チームの監督の冗談めかした言葉が忘れられない。

 勝利の先に甲子園がない大会は、ある意味で「真剣勝負」ではなかったかもしれない。だけど、こんな年だからこそ、100回を超える大会の常識を破る光景をたくさん見ることができた。

 福岡県の福岡、筑後地区の独自大会は予選リーグを行い、その順位により決勝トーナメントの組み合わせを決めた。予選リーグの初戦で敗れても号泣する選手の姿はなく、主将は反省点を踏まえた上で「次の試合では頑張ります」と意気揚々と話し、監督も「次は頑張らせます」と待望の試合ができて喜ぶ選手たちを見つめていた。

 大分の独自大会の決勝は午後6時に開始。県教委から熱中症の危険性を指摘され、午前10時だった開始時間を直前に変更した。テレビやラジオの中継局や、締め切りが迫る私たち取材記者は大変だったが、選手にとってはいい判断だったのではないだろうか。

 日が傾いた夕方からプレーした選手は、体力の消耗も少なく最後まで存分に力を出し切った。ペイペイドームであった福岡地区決勝も体力の消耗が少ないドーム球場だったことが、進学校の福岡が延長タイブレークの末に福岡大大濠を破るドラマを生んだと思う。

 高校野球は100年以上の長い歴史を持ち、大会の運営方法を変えるのは難しい。だが、今年の夏はコロナ禍という外的要因で変化を強いられた。「何とか試合が開催できないか」とみんなで知恵を出し合った。この経験を無駄にはするまい。甲子園がなくなった3年生たちの涙を無駄にはしてほしくない。

 2020年を「変革元年」として、選手にとってより良い大会にできるように、高野連や主催者は今年の経験をもとに時代に合った柔軟に変革してほしい。そうなれば高校野球はもっと面白くなる。 (前田泰子)

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