ボローニャ冨安健洋 日本代表で吉田麻也と柴崎岳に訴えたこと

西日本スポーツ

 ◆冨安健洋コラム「僕の生きる道」

 サッカー日本代表DFで、東京五輪での活躍が期待されるイタリア・セリエAボローニャの冨安健洋。福岡で生まれ育ち、アビスパ福岡で土台を築き、活躍の場を海外に広げた。これまで歩んできた道を振り返りながら、現在の考えや未来、理想などをコラム「僕の生きる道」につづる。

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 明けましておめでとうございます。昨年に引き続き、このコラムを通じて自分の思いを発信していくので、よろしくお願いします。今回は、日本代表として活動する中で感じていることを中心に話します。

 今年は夏に東京五輪があり、秋には日本代表としてW杯カタール大会の出場権を懸けたアジア最終予選が待っています。セリエAというレベルの高い場所でプレーしている自信を持って、厳しい戦いを普段からやっているんだ、と自分に言い聞かせてプレーしたいです。

 五輪代表は、6月に福岡のベスト電器スタジアムで親善試合が組まれています。昨年3月にも予定されていたのにコロナ禍で中止。楽しみにしていた福岡での試合が、今年も開催されるのは本当にうれしいです。

 自分を育ててくれたあのスタジアムは特別な場所。やはり代表の一員として福岡でプレーしたい気持ちは強いし、成長した姿を見てもらいたいですね。五輪の本番が開催される直前の時期でもあるので、福岡の皆さんだけでなく、日本の皆さんに五輪に向けた期待感を持ってもらえるような試合ができるように、いい準備をするつもりです。

 昨年は新型コロナウイルスの感染拡大で日本代表の活動がほとんど止まっていた中、10月と11月に欧州で計4試合を行うことができました。たくさんの人の支えがあってこそできた活動で、本当に感謝しています。食事は一人で取るなど、いつもとは違う環境でも、時間を見つけて、うまくコミュニケーションを取ってやれた気がします。

 10月の合宿では代表活動が1年近く空いていた影響もあり、チームの戦術を再確認する必要がありました。麻也(吉田)さん、岳(柴崎)くんに守備でボールを奪いにいくタイミングをチームでより共有したいこと、自分たちのゴールキックをつなぐトライをしたい、ということを伝えさせてもらった。日本代表でも自分の感じたことを伝えることができるようになったのは、自分でも変わった部分でしょうか。

 初めて日本代表としてプレーしたのは19歳。最初はいっぱいいっぱいで、自分のアピールがメインでした。まだまだチームを引っ張るという意識はないけど、いまは試合に出場する機会も増えて、チームがどうすればよくなるのかを考えるようになったかな。

 日本代表に入る前のアビスパ福岡でプレーしていたときは、長く代表の守備を支えた井原(正巳)さんから気持ちで相手に負けないことの大切さを教わりました。現在の代表で、センターバックとして一緒にプレーする機会の多い麻也さんは、ピッチの内外でたくさんのことを学ばせてくれる存在です。

 2人とも日本代表として100試合以上も出場してきた偉大な方たち。そんな数字は、まだまだイメージできません。主将、リーダーというのは自然とつくられるもの。ベテランという年になって分かるものもあるでしょう。あまり(守備の中心になるという)特別な意識はしていません。

 幸いなことに、自分は15歳の頃から年代別の代表に選んでいただき、日の丸を背負う重みを感じることができました。その経験は大きく役立っているし、それがあったからこそ、今の自分がある。当時を振り返ると、失敗の思い出の方が圧倒的に多いのですが…。

 14年のU-17(17歳以下)ワールドカップ(W杯)の出場権を懸けたアジア予選では、韓国に0ー2で負けました。2失点とも自分が絡んでしまった。17年のUー20(20歳以下)W杯もベスト16でベネズエラと対戦して、自分がマークについていた相手にコーナーキックから得点された。ターニングポイントでやられてしまった、という記憶はすごく残っています。

 DFというのは、90分を通していいプレーをしても、一つのミスでやられて負けると、クローズアップされることになります。セリエAでプレーしている現在もそう。ストライカーに転向できれば…なんて思いますよ。そんな失敗から学んだことの方が、自分の人生では多い。もちろん成功体験だけで成長できれば、それが何よりだけど。

 東京五輪での金メダル獲得は、チームとしての目標であることに変わりはありません。延期になった期間は成長のための時間だったとプラスに捉え、頂点を目指します。(サッカー日本代表、ボローニャ)

 ◆冨安健洋(とみやす・たけひろ)1998年11月5日生まれ。福岡市出身。三筑キッカーズからアビスパ福岡の下部組織に進み、高校2年時の2015年にトップチームに2種登録され、翌16年に正式昇格。18年1月にベルギー1部のシントトロイデンに移籍し、19年7月にイタリア・セリエAのボローニャへ。日本代表通算20試合出場、1得点。187センチ、84キロ。

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