剣一筋、玉竜旗最多10度V 命の炎燃やし78歳で逝去した白髪の名伯楽

西日本スポーツ 西口 憲一 佐藤 倫之 林 原弘

■県剣道連会長

 日本を代表する剣道の指導者で熊本・阿蘇高(現阿蘇中央高)を全国屈指の強豪校に育てた熊本県剣道連盟会長の泉勝寿(いずみ・かつとし)さんが28日午後5時33分、心不全のため熊本市の病院で死去した。78歳。熊本県八代市出身。葬儀・告別式は近親者のみで行った。喪主は妻ケイ子(けいこ)さん。後日、お別れの会を開く予定。

 八代高から日体大を経て1965年に熊本・阿蘇農高に着任。73年、阿蘇高に赴任すると監督として剣道部を鍛え上げた。自宅横に自らの名前にちなんだ道場「剣泉館」と寮を建設。寝食をともにしながら部員の剣と心を磨き、全国高校総体団体で90年に男子、翌91年に女子を初優勝に導く。特に女子は史上類を見ない無敵の強さを発揮し、玉竜旗大会では5連覇を含む通算10度の最多優勝を誇る。

■自宅横に道場

 2000年に27年間、監督、総監督として強化に尽力した阿蘇高を去り、同じ熊本県の蘇陽高(現矢部高)の校長を務めた後、再び阿蘇の地に戻って後進の指導に当たっていた。

 教え子は09年の世界選手権で個人戦を制した鷹見由紀子ら多数。1993年度に女子剣道部として西日本スポーツ賞を受賞。

■剣道界のことを常に考えていた

 早瀬雄一・熊本県高体連剣道専門委員長(阿蘇高OB、現鹿本高監督)「礼節を尊び、常に自己に修養に努め、広く人類の平和繁栄に寄与するというのが剣道の理念だ、と常に言っておられた。コロナ禍で剣道界が人のためにできることを常に考えておられた。若者の成長が先生の何よりの喜び。昨年、日ごろの成果を出す舞台がなくなったことを大変残念がっていた。先生の遺志を引き継いでいくことが恩返しになる」

 豊田瑞樹・阿蘇中央高現監督「直接は言われなかったが、周囲の人には『全国総体で豊田を優勝監督にしたい』と話しておられた。(泉さんが入院中の)元日にショートメールで『今回は(入院が)長くなりそうだ。元気で帰れるかどうか。悔しい』と送ってこられた。指導は人一倍厳しかったが、誰よりもやさしい先生だった」

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