36歳のオールドルーキーが「小久保担当」で手にした実り

西日本スポーツ 大窪 正一

【記者コラム】

 9年ぶりにソフトバンクのユニホームに身を包んだその姿に、懐かしさとともにほろ苦い記憶もよみがえった。常勝軍団に新風を吹き込んでいる小久保裕紀新ヘッドコーチ。30代半ばを過ぎて初めて鷹番になった2009年からの4シーズン、「小久保担当」を拝命し一挙手一投足を追った。

 当時は他紙から転職したばかりで、プロ野球の取材現場は初めて。それまでは一般紙のアマチュアの記事しか書いた経験がなく、スポーツ紙の柔らかな文体にも慣れていなかった。最初はやることが分からずウロウロし、スター選手の迫力にオドオドするばかり。36歳のオールドルーキーには正直荷が重かった。

 「勉強不足!」。現役時代の小久保ヘッドには的外れな質問をして、何度あきれられ、一喝されただろう。それでもどんなときにも誠実に答えてくれた。中でも意図を持った問いには、丁寧に応じてくれたことを鮮明に覚えている。

 12年までの担当期間に巡り合った通算400本塁打に同2000安打、そして現役引退…。いずれも野球人生の節目となる出来事だった。今年のキャンプ前、城島健司球団会長付特別アドバイザーは「選手も『小久保さんはどんな人なんだろう』と不安なんじゃないですかね」と語っていたという。担当1年目は私も同じ心境だった。

 少しでも内面に迫りたかった。主将2年目の10年から3年間、「キャプテン道」と題したコラムを掲載させてもらった。そこにはプロ野球選手としての心構えや、チームへの思いなどが記されていた。通算2000安打へのカウントダウン企画では、王貞治会長をはじめ球界関係者、和歌山・星林高、青学大時代の監督やチームメート、トレーナー、家族と、さまざまな視点からの「私が見た小久保」を取材して連載した。

 記者にとって、記事を書く重圧以上に記者冥利(みょうり)に尽きる取材対象だった。気持ちを込めてぶつかれば、必ず応えてくれた。そこには豊かな“実り”があった。これは記者に限らないはず。指導を受けることができる選手にとっても大きなチャンスだ。

 ホークスの取材現場は離れたが、今は紙面作りに関わっている。紙面やネット記事などを通じた小久保ヘッドの「メッセージ」から、多くの選手が「気付き」を得てほしいという願いもある。小久保ヘッドには「俺が目立っちゃいかん」と一喝されそうだが…。 (大窪正一)

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