最後の「びわ湖」に懸ける 36歳の元五輪代表「あのレースがなかったら、僕は何もない。空っぽです」

西日本スポーツ

 男子マラソン五輪代表選考の“最終決戦レース”として注目を浴びてきたびわ湖毎日マラソンが28日の第76回大会を最後に滋賀での開催を終了し、大阪マラソンと統合される。

 「最後のびわ湖」には2016年リオデジャネイロ五輪代表の北島寿典(安川電機)もエントリー。リオ切符をつかみ取った同年の大会以来、5年ぶりの出場となる。五輪は両脚の痛みで満足に走ることができずに94位と苦しんだ。36歳。5年間、けがに泣かされ続けたランナーはあの時と同じように、魂を込めて42・195キロを走る。

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 脚光を浴びる招待選手ではない。鬼気迫る走りで大会の歴史に一ページを刻んだ北島の名は一般参加のリストにあった。「今シーズンは(コロナ禍で)調整が難しい。マラソンはいいかなと思っていた。でも、今年で最後と聞いたんで」。急ごしらえでもスタートラインに立つ意味を感じた。

 「あのレースがなかったら、僕は何もない。からっぽです」と苦笑いした。2016年も一般参加。注目される存在ではなかった。福岡国際、東京、びわ湖毎日の三大マラソンがリオ五輪の選考レース。1週間前の東京は日本人トップが2時間10分台に終わっていた。「チャンスはある」。前年2月の延岡西日本で初マラソン初優勝。9月のシドニーも制した。自信を胸に秘めていた。

 35キロすぎから痛くなった脇腹を押さえながらの激走。鬼のような形相で一人、また一人と抜いて2時間9分16秒、日本人トップの2位でゴールを駆け抜けた。12年ロンドン五輪6位入賞の中本健太郎を育てた安川電機の山頭直樹監督が「潜在能力はチーム一」と認めたランナーは「後にも先にも一番根性を見せられた」と振り返ったが、激走の代償は大きかった。

 大会後に左アキレス腱(けん)を痛め、本番のリオは「完走するだけの走りになってしまった」。その後も痛みは続き、治っても再発の繰り返し。「(びわ湖毎日の時の)いい時を早く取り戻したい。そこにいけないんだったら走る意味がない」。悩み、苦しみ、気持ちが切れたこともあった。「それでもチャンスをもらえて、チームにいさせてもらえた」と安川電機に感謝する。

 19年12月。福岡国際で約3年4カ月ぶりにマラソンを走った。2時間17分10秒で23位。「やれたという充実感があった」。まずは42・195キロに向き合えた自分自身に安堵(あんど)した。

 今回の状態は5年前の「6割程度」という。「まずは完走が目標。20キロまで先頭集団にいたら、明確なタイムや順位を意識したい」と冷静にレースを見据える。

 五輪代表という“勲章”よりも「選ばれた後にいろいろと経験できたことが大きい」と実感を込める。「久しぶりにいい形でマラソンに向き合える。何かしら得るものがあったらいいと思います」。最後のびわ湖が新たなスタートになる。(向吉三郎)

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