「どうか、がんではありませんように」鷹のドラ5田上、叶わなかった願いと誓い

西日本スポーツ 長浜 幸治

 巨人を超える「V10」を目指す福岡ソフトバンクの次代を担う新人選手の歩みや横顔を紹介する「V10のヒーローへ」。最終回は最速151キロを誇るドラフト5位の田上奏大投手(18)=大阪・履正社高=を取り上げる。ホークスなどで強打の捕手として活躍した田上秀則氏は叔父。高校3年の春まで野手としてプレーした18歳の原動力は、病と闘う母への思いだ。 (文中敬称略)

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 2019年12月24日。街はクリスマスムード一色の中、17歳の田上は自宅でいつものように素振りを重ねていた。サンタクロースの存在を信じるような年齢ではなかったが、このときだけは人生で最も強く祈った。「どうか、がんではありませんように」。願いは、かなわなかった。

 「言わん方がよかったんかなって。せっかくのクリスマスなのに」。病院で乳がんの診断を受けた母の由香(42)は包み隠さず息子に事実を告げた。女手一つで育てられた田上は、この日を境に一つの誓いを立てた。「絶対に高校からプロ入りして、お母さんを楽にしてみせる」

 生まれも育ちも大阪府。2歳上の兄、楓大(ふうた)の後を追って小学1年から野球を始めた。中学時代は地元の硬式クラブチーム「西成ボーイズ」で主に投手としてプレー。大会での活躍を見た大阪の強豪、履正社高から声をかけられたが、悩んだ。「どれだけレベルが高いのか。やっていけるのか」。背中を押したのは母の一言だった。「頑張るのは自分自身。行きたいところに行きなさい」

 入学直後に野手転向を勧められた。「試合に出られるなら投手、野手どちらでもよかった」。周囲との力量差への心配も杞憂(きゆう)に終わり、1年秋にベンチ入り。船出は順調だったが、大きな挫折が待っていた。2年夏の甲子園。控えに回った田上は、初の全国制覇を喜ぶチームメートの姿をベンチから見守ることしかできなかった。「プロになるため、3年春の選抜では絶対に結果を出す」。そう考えていたアピールの場も新型コロナウイルスに奪われた。

 「大学で頑張ろう」。昨年4月、やりきれない思いを抱えたまま、祖父の則一の勧めで投手に再挑戦すると、球速はいきなり143キロを計測した。「意外といけるな」。自粛期間が明け、チームメート相手に腕を振っても打たれない。6月の練習試合では最速151キロをマークした。

 担当スカウトの稲嶺誉は、田上の魅力をこう語る。「高校生離れした球の強さ、エンジンの大きさがあった。大学の4年間で成長したら、上位でないと取れない素材だ」。投手転向からわずか半年後、ドラフト会議で田上の名が呼ばれた。

 小学校の卒業式で全校児童を前に「(ホークスなどで活躍した)叔父さんを超えるプロ野球選手になる」と高らかに宣言してから6年。一つの目標をかなえた田上は今年1月、入寮を前に母へ手紙を残した。

■入寮前に感謝の手紙

 「優しく大事に育ててくれてありがとう。これからは楽をさせられるよう頑張ります」。由香は昨年9月に手術を受け、現在は順調に回復している。「普段はちょける(ふざける)子だけど、芯の強い子。自分を信じてやってほしい」。キャンプでは前半に体調不良で休養する苦難も味わったが、終盤にはブルペンで力強い投球を披露。親孝行は始まったばかりだ。 (長浜幸治)

 =おわり

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