地域最後のJクラブ 元鹿島・内藤監督の原点は「ジーコの教え」

西日本スポーツ 松田 達也

 今季からJ3にテゲバジャーロ宮崎が初参入し、14日の開幕戦で岩手をホームに迎える。九州全県にJクラブが誕生した歴史的シーズンに、クラブを率いるのは現役時代に鹿島や福岡でFW、ボランチ、サイドバックをこなしたユーティリティー選手として活躍し、引退後は九州各地で指導者としてキャリアを積み重ねた内藤就行監督(53)。オンライン取材で「旋風を巻き起こしたい」と意気込んだ。

 歴史的な第一歩をまもなく踏み出す。シーズン開幕に向け、宮崎の内藤監督は「九州で最後にできたJクラブの監督に就任した喜びを感じている。地域の皆さんに応援してもらえるようにしたい」と改めて決意した。

 初参戦のJ3での目標は「7位以上」を掲げた。福岡の下部組織出身の三島勇太、長崎で活躍した宮崎県出身の水永翔馬らJリーグ経験者が在籍。昨年の日本フットボールリーグ(JFL)で2位になったチームを基盤として、攻守の質の向上に取り組んできた。

 2月2日には宮崎でキャンプを行っていたJ1福岡と対戦。40分×3本の変則ルールながら2ー1で勝利した。現役時代は2001―02年には福岡にも所属した指揮官は「福岡は常に気に懸けているチーム。同じ九州のクラブとして競い合っていきたいし、いつか上のレベルで対戦できるように成長したい」と誓う。

 内藤監督はJリーグ発足時の鹿島に在籍し、J1優勝も経験した。大きな影響を受けたのが、鹿島でプレーしていたブラジル代表のジーコの存在だ。「プレーもすごかったが、全ての時間をサッカー中心に考える大切さを学んだ。そういう意識が、勝負の際に出てくる」と振り返る。

 引退後はJクラブから大学、高校など、各カテゴリーで指導者を務めた。「サッカーを通じて、人を育てることを心がけてきた。どれだけ真摯(しんし)になって、サッカーに取り組めるか」。背中を見て学んだ「ジーコの教え」を今も胸に刻んでいる。

 「当時の鹿島は、スタートしたばかりのチームだった。宮崎も着実に力をつけたい。時間はかかるかもしれないが、将来的にはアジアを代表するようなクラブを目指す」。宮崎は過去には鵬翔高が高校選手権を制するなどサッカーの歴史と伝統が根付いている。県内には新設のホームスタジアムも誕生した。高まる地元の期待とともにJの舞台に立つ。(松田達也)

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