HKT相次いだ卒業発表 重い決断、できるのは本人だけ

西日本新聞 古川 泰裕

 48グループのメンバーは、卒業発表から巣立ちのその日までが一番きれいになる、と言われる。アイドル人生の最後に見せる閃光(せんこう)のような輝きが、そう見せるのかもしれない。3月上旬、2人のHKTメンバーの卒業に立ち会い、その思いを強くした。

 「私、小川紗奈はHKT48を卒業します」

 3月1日、突然の発表だった。5期生のみの研究生公演「脳内パラダイス」、最後のあいさつの音頭を取ろうとしていた上島楓の表情が凍り付いた。

 決意を伝える小川と、見守る同期たち。座り込む、ぼうぜん自失、反応はさまざまだった。5期生にとって、間近で目の当たりにする同期の報告は初めて。頭を抱えながら言葉を絞り出す上島、目に涙をためて小川を見つめる長野雅の表情が印象的だった。

 運営関係者や劇場スタッフによると、小川の発表は同期の誰にも知らされておらず「どちらかといえばイレギュラー」だったという。多くの場合、親交のある数人のメンバーに伝えているものだが、小川はそうではなかった。

 4月からの大学進学が決まり、ぎりぎりのタイミングの報告だった。2020年9月の緊急事態宣言下、SHOWROOMの動画配信で発表せざるを得なかった工藤陽香のことも、関係者の脳裏にはあったという。ファンの目の前で報告させてやりたいという「親心」、何より小川自身が同期に囲まれたステージでの発表を望んだ。

卒業を発表する小川紗奈

初めて劇場で立ち会った卒業発表

 HKTの初回公演から取材を続けて10年目。48グループにとって、メンバーの「卒業」は、ごく少数にしか知らされない最大級の秘匿事項だ。常設劇場での発表を取材したのは初めてだった。

 SNSで1期生の若田部遥や植木南央らの決断の一報を知った時は、血の気が引くような感覚だった。会場を問わなければ、2018年12月の東京ドームシティーホールでのコンサートで告げられた指原莉乃の発表が唯一の機会だ。

 私が劇場で取材した、その次の公演で卒業を発表したメンバーもいた。「Fが劇場にいる日は卒業発表はない」。そんなジンクスを指摘されることもあったが崩れた。5日後にも立ち会うことになるとは、夢にも思わなかった。

卒業を発表する森保まどか

「だいぶ前から卒業を相談していた」

 3月6日、1期生の森保まどかが卒業を発表した。一人一人のメンバーにそれぞれの物語があり、それはすべて「特別」だが、活動10年目の1期生の決断は、より重みを感じた。

 ステージには同期の下野由貴村重杏奈熊沢世莉奈がいた。前日までには知らされていたといい、言葉の一つ一つを受け止めるようにうなずいた。

 モデル系ユニット「Chou(シュー)」でともに活動した3期生の栗原紗英山下エミリーはショックを隠せず、栗原は終演後も涙を止めることができなかった。5期生の後輩たちも言葉を失っていた。

 同期メンバーも、感情を抑え切れたかといえばそうではない。最後の一礼の後で村重は顔を覆って泣き、発表中に熊沢はうつむいてぎゅっと唇を結び、下野の目からは今にも涙がこぼれそうだった。

 終演後、劇場スタッフが思いを聞かせてくれた。「(卒業の)当日は、私たち(スタッフ)も平常心ではいられないと思う」

 グループ屈指のルックス、一見クールながら優しい内面など、ファンのみならずメンバーからも人気を集めた森保。膝の負傷で一時はステージから離れたが、リハビリを経て劇場に戻った姿はファンを感涙させた。ピアノの腕前はプロ級、ソロアルバム「私の中の私」リリースや配信ライブでの伴奏など、昨年は特に活躍が目立った。

 HKTの最前線を走りきった彼女だからこそ、卒業という決断そのものに驚きがあるわけではない。むしろ「ご苦労さま」という気持ちのほうがしっくりくる。「だいぶ前から(卒業を)相談していた」という言葉も納得だ。決断に至るタイミングはいくらでもあったが、度重なる慰留と、必要とされる声に応えてグループを支えてきた。元劇場支配人の尾崎充氏も、インスタグラムで「お疲れさま、とねぎらってやってほしい」とつづった。

 かつて卒業していったメンバーが語っていたが、発表の瞬間がそれまでの歩みの中で「一番緊張する」という。その決断をできるのは当人だけ。それぐらい重いものなのだろう。森保の表情も、重荷を下ろしたように晴れやかだった。 (古川泰裕)

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