19歳で海外オファー、僕は迷いなく決めた 冨安健洋の判断基準は1つ

西日本スポーツ

 ◆冨安健洋コラム「僕の生きる道」

 サッカー日本代表DFで、東京五輪での活躍が期待されるイタリア・セリエAボローニャの冨安健洋。福岡で生まれ育ち、アビスパ福岡で土台を築き、活躍の場を海外に広げた。これまで歩んできた道を振り返りながら、現在の考えや未来、理想などをコラム「僕の生きる道」につづる。

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 いま思うと、節目の選択は迷いなく決めることができたなと思います。

 年度末を迎えました。進級や入学に卒業など、新しいステージを迎える方も多いでしょう。もし自分も大学に進んでいれば、今春から社会人1年目を迎える年齢です。

 同学年の友人と話していると、進路は難しいとか、なかなか決断できないという声も聞きます。自分の道を自分で選択できるチャンスがある方に、僕の考えが参考になればありがたいです。

 サッカーを中心に考えてきた人生です。勉強があまり好きではなかったというのもあって…。小学校から中学校に進む際、漠然と目指していたのがプロの道。Jクラブの下部組織に進むことが近道と考え、頭に浮かんだのが、当時の福岡県内で一番強いと言われていたアビスパ福岡のジュニアユースでした。

 自分が通用しない環境に身を置くことで成長できるし、成長速度を速めることができます。新たな環境に飛び込むのは勇気がいる。不安は誰でも感じる。僕だってそうです。でも同じ場所にずっといたら刺激がなくなり、楽しくないと感じる性格でもあるので、現在地より少しでもレベルが高い環境があるのなら、そちらに進むことを選びたい。

 19歳のとき、アビスパ福岡からベルギーのシントトロイデンに移籍しました。当時も海外のクラブからオファーを頂いたら、迷いなく行くと決めていたからです。

 コロナ禍もあり、これまでの「当たり前」が通用しない。これだけ多くのことが変わっていく時代では、変化する環境に順応する能力が重要になってきます。就職活動の入社試験や面接も、オンラインになっているんですよね。良いのか悪いのか分からないが、逆手に取ってうまくやる人もいれば、逆にうまくできない人もいるかもしれない。新たな環境を利用できる適応力がなければ、生き残っていけない時代なのかもしれません。

 新入社員の方は、サッカーでいえば移籍1年目の選手と捉えることもできます。その環境でまず大事なのは、自らの価値を周囲に認めさせることではないでしょうか。しっかり仕事をこなしながら、先輩や上司の信頼を勝ち取る。さらに自分にしかできないプラスアルファを発揮できれば必要とされるし、価値は高くなると思います。

 2月末から左ふくらはぎのけがで戦列を離れましたが、14日の試合でようやく復帰できました。誰にも難しい期間はあります。後から見たら、必要な時間だったと思えるものにしてほしい。僕も今回のけがの期間をそう思えるようにしたいと捉えています。正解は人それぞれ。環境の変化を恐れないことが道を切り開くんだと信じています。(サッカー日本代表、ボローニャ)

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