「青春だった、私たち」劇はじの4カ月振り返る HKT月イチ報告(上)

西日本新聞 古川 泰裕

 14枚目シングルの表題曲を歌う「W選抜」を発表したHKT48。5月12日のリリースへ向け、制作やプロモーションも本格化していきそうだ。5期生・小川紗奈(18)、1期生・森保まどか(23)の卒業発表という切ない知らせもあったが、単独の「リクエストアワー」開催(7月24日)も決まるなど、10周年のアニバーサリーイヤーの仕掛けは続く。2月の活動報告には、2期生の坂口理子(26)、4期生の武田智加(18)と地頭江音々(20)、ドラフト3期生の馬場彩華(16)が参加。メンバーが制作から俳優まで手掛けたオンライン演劇企画「HKT48、劇団はじめます。」(劇はじ)でプロデューサーを務めた4人が「劇はじ」とは一体何だったのか、振り返る。 (古川泰裕)※取材は3月5日

 -2月下旬に5日間にわたって上演された「劇はじ」も終了。坂口さんと馬場さんは劇団「ミュン密」で、武田さんと地頭江さんは「ごりらぐみ」でプロデューサーを務めた。

 坂口「そうでした」

 地頭江「過去形」

 -もう過去形な感じ?

 坂口「はい、そうですね」

 地頭江「やりきった」

 武田「終了!」

 -思い出して振り返るのもつらい?

 坂口「そういうわけでもないですけど(笑)」

 武田「楽しかった、あの日、みたいな」

 地頭江「青春だった、私たち、みたいな(笑)」

 -4カ月を振り返って。

 坂口「あんまり記憶がないかも」

 馬場「早かったですよね、4カ月」

 坂口「4カ月もやってたんや、って」

 馬場「あまり記憶が…(笑)」

 地頭江「いろいろありすぎて」

 坂口「ぎゅっと詰まっていましたね。毎日やることがありすぎて」

 地頭江「何をしていたか、って言われると分からないですよね」

 坂口「プロデューサーって何?って言われても、いろいろとなんか…」

 地頭江「いまだに分からない」

 馬場「いろいろ首を突っ込んでいた」

 坂口「衣装とか…」

 馬場「美術とかもやっていましたね」

 坂口「編集とかもやっていたので…」

 -何でもやった?

 武田「何でも屋さん」

 地頭江「私たちは『何でも屋さん』って言っていたんですけど、(演劇制作を指導した)劇団ノーミーツの人に『皆さんが何でも屋さんって言っているのがびっくり』って言われた。私たちの共通認識で『何でも屋さん』っていうのがあったので、本当はそういう人じゃないのかなって」

 -制作の最初から本番の最後まで関わっていた?

 坂口「そうですね。プロデューサーってこんなことするんかな?って思う時期もありました。多分、メンバーと一緒にやったからだと思う。協力してやりたいっていう気持ちがあったから、そういう感じになっていったのかって思うんですけど。これを秋元康先生がやっているかといえば、そうじゃないよなと思いながら(笑)」

 武田「(映像や音響など)なんとかプロデューサーとか、本当はいっぱいあるのを2人でやったから、何でも屋さんだったんでしょうね、きっと」

 -役職を決めたのは?

 坂口「発表が10月の末か。9月に動画を撮ったよね? コント劇の時に立候補動画を撮ったような記憶があるんだよな…」

 地頭江「私の記憶では、私の誕生日(9月27日)近くに(撮影が)あったんですけど、それがコロナで一回飛んで、10月の中旬になって…だった気がします」

 武田「(10月)15日らへんになって、それで1週間か2週間くらい(ノーミーツの)講座を受ける期間があって」

 坂口「あ、講座期間があった」

 武田「で、1週間くらい考える時間があって」

 坂口「じゃあ10月末か、撮ったのは」

 武田「11月上旬にメンバーが発表されました」

 -けっこうバタバタしたんだ。

 坂口「本当は4カ月でやれるようなことじゃない」

 武田「最初の発表から(メンバーが)決まるまでが長かったから、ゆっくりなテンションでいってたら一気に…」

 坂口「間に合わない?みたいになって」

 武田「やばいやばいって」

 地頭江「本当は、もう1カ月前からのスタートだったんですよね。でも(新型コロナウイルスの感染拡大で)飛んじゃった。講座の中でも『映画とかも半年くらいかけて作る』って言われて、私たち3カ月で作ろうとしているけど、大丈夫?みたいな(笑)」

ミュン密の千秋楽で追加された卒業式のシーン

「やらない」からのまさかのプロデューサー

 -馬場さんは当初、「劇はじ」自体に参加しないと。

 馬場「はい、さやか、やらないって。講座を受けて悩んだんですよ、めっちゃくちゃ。高校生だし、学校もあるからどうしようかなって。ギリギリになって『やらない』って言ったらマネジャーさんから『本当にやらないの?』って連絡が来て。それでもう一回悩んで。あー、どうしようってなって」

 坂口「まさかのプロデューサー(笑)」

 地頭江「『やらない』からの(笑)」

 武田「幅がすごいんよ(笑)」

 馬場「広報を第1希望で出したんですよ。次にプロデューサーで出したら、なんか気付いたらプロデューサーになっていました。でも、やってよかったと思いました」

 -プロデューサーを第2希望に入れたのはなぜ?

 馬場「どれをやったらいいか分からなくて。特に服が好きって訳でもないし、センスがあるって訳でもないし…音に詳しい、じゃないけど(笑)。どうしようってなって、劇団ノーミーツさんとマネジャーさんに話したら『プロデューサーに向いているよ!』って口車に乗せられて(笑)。『あ、向いているんだ!』って思うじゃないですか(笑)。『私ってプロデューサーとか、そっちが向いているのかな』と思って、選びました」

 -期間中はつらい時期もあったと。

 馬場「そうですね、しんどかったですね(笑)。『劇はじ』ではスタートが一緒だから『先輩も後輩も関係ないよ』って言われるんですけど、やっぱり先輩なんですよ」

 地頭江「分かる」

 馬場「先輩は先輩だし、年齢も上だから。最初は本当に、怖いというかしゃべれなくて、気配を消していました」

 坂口「裏でLINEが来るんですよ、さやかから。『さやかこう思っているんですけど、言えないんですよね』って。『いいじゃん、言え言え!』って」

 馬場「理子ちゃんが話を振ってくれるんですよ。『さやか、どう思う?』って」

 坂口「みゅん(同期の石安伊)がいる時でも話せなかったよね。みゅんと私と3人だったら話せるけど、みゅんと(田島)芽瑠と私と4人の時が本当に全然しゃべれなくて(笑)」

 馬場「本当にしゃべれなくて(笑)。すごいんですよ、芽瑠ちゃんってアイデアいっぱいポンポン出てくるし、どこから出てくるんだろうっていうくらい。私はどちらかといえば、アイデアとかすぐには出ないので、わあって圧倒されて、言えなくなっていました」

 -引き出しはけっこうありそうだけど。

 坂口「さやかがティザー画像とか雰囲気を考えてくれたり、参考画像も作ってくれたりして。そういう一面もあったんやって思いました。先輩と話しているイメージはあんまりないけど、後輩とめちゃめちゃ仲がいいんですよ。後輩とはめちゃめちゃコミュニケーションが取れているっていうのがあって、私は先輩だから言える立場として、うまく2人でいろいろ振り分けて(笑)。これは、さやかが聞いてほしい、とか」

 馬場「5期に聞きます、とか」

 坂口「その逆もあったりね。最後らへんは(演出の)芽瑠とずっと一緒にいて、私は広報側につく形で分かれていたので、それも良かったのかなと思います」

 -以前は「自分の言いたいことをうまく言えない」という思いがあったようだが。

 馬場「最後の方は、最初に比べたら発言する怖さはなくなったかなって感じ」

 坂口「全然違う。本当に全然違います。こんなに人って変われるんやって」

 地頭江「(HKT運営会社「Mercury」スタッフの)Kさんも言っていた。パンフレット付属の『裏本』の中の対談で、みんな各劇団の役職1人と劇団ノーミーツさんで語り合っていたのに、私はさやまるとKさん、Mercuryで完結していた(笑)」

 馬場「何の対談やろっていう(笑)」

 地頭江「その時も、Kさんは『さやまるはめちゃくちゃ変わった』って言っていました」

 坂口「頼りがいがすごくありました」 

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