明豊の背番号1は亡き「兄ちゃん」と共に戦う ポケットに忍ばせたのは…

西日本スポーツ 鬼塚 淳乃介

 ◆選抜高校野球大会準決勝 明豊(大分)5-4中京大中京(愛知)(31日、甲子園)

 明豊の背番号1を背負う京本は「創平と共に」と刺しゅうしたグラブをはめ、ポケットに遺骨を忍ばせ、今大会初の救援登板で1失点にしのいだ。「一人じゃない」。強気の投球の裏にはいつも「亡き兄」がいた。

 いとこで4歳上の難波創平さん。京本は大阪市の実家近くに住む「創平兄ちゃん」を慕った。小学2年の時、母有紀さん(47)に連れられ、難波さんが出る野球の試合を見に行った。グラウンドで躍動する姿に目を輝かせ「やってみる?」と有紀さんが聞くと「やりたい」と即答した。難波さんは京本とキャッチボールをし、自分が野球をやめても褒め続けた。京本は「甲子園」を夢見て、明豊への進学を決めた。

 2019年1月、京本は大分県別府市で入試を終えて帰りの便を待つ大分空港で、難波さんのバイク事故を知った。地元の大学に向かう途中、トラックと衝突。「死ぬわけがない」。病院に駆け付けたが、難波さんは既に意識がなく、そのまま帰らぬ人となった。19歳だった。

 この年の正月、いつも通り親戚一同が難波さんの実家に集まった際、2人でキャッチボールをした。入試の3日前、「好きなことを好きなだけやってこい」と励まされたのが最後となった。

 葬儀が終わった夜、難波さんの父宏延さん(46)がグラブを贈った。難波さんが受け取るはずだったアルバイト代で買った物。京本は難波さんと戦う決意を込めた刺しゅうを縫い込んだ。今大会も1回戦からこのグラブをはめ、骨つぼに収める前にもらった難波さんの右腕の骨を入れたケースをポケットに入れた。

 スタンドで見守った宏延さんとその家族は「今日がマコ(京本)の一番のピッチング。明日も(創平さんが)力を貸してくれるはず」と涙を浮かべた。京本は誓った。「(創平さんは)ここまで来たら優勝、と言うに違いない。絶対に日本一を報告するんだ」 (鬼塚淳乃介)

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