快進撃の明豊が背負っていたもの 地元はコロナ禍で苦しむ観光の街

西日本スポーツ 稲田 二郎

 大分県勢として54年ぶりに決勝に進み準優勝を果たした明豊。「新型コロナで苦しむ観光の街、別府を元気づけたい」。出発前の言葉を体現する選手の活躍に地元の人々は目を細め、1967年に優勝した津久見のメンバーも賛辞を贈った。

 明豊では、部活動で残った生徒ら約100人が体育館で試合を見守った。卓球部の門脇康太副主将(3年)は「強豪に立ち向かう姿に涙が出そうになった。勇気をもらった」。

 産業の9割が観光に依存する別府。出発前の3月9日に長野恭紘市長を訪ねた幸修也主将(同)や川崎絢平監督は、観光客が激減している地域をおもんぱかり「別府に活力をもたらせられるよう優勝旗を持って帰りたい」と話していた。

 市旅館ホテル組合連合会の西田陽一会長(60)は「子どもたちがプレーでエールを送ってくれた。負けられん。頑張らないと」。スタンドで観戦した長野市長は「全員がヒーロー。新型コロナで疲弊した市民に、元気と感動を与えてくれた」とたたえた。

 選抜大会で67年に優勝した津久見で捕手だった山田憲治さん(71)=大分市=は「選手たちから、打ってやるぞという気持ちが伝わってきた。必死のプレーで最高の試合。当時を思い出しました」と言葉に力を込めた。 (稲田二郎)

PR

高校野球 アクセスランキング

PR

注目のテーマ

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング