【Fの推しごと】なつまど、負傷、ピアノアルバム…HKT森保まどか「人生で一番濃い10年」

西日本新聞 古川 泰裕

 5月29日、北九州市で開かれるコンサートを最後にHKT48の1期生、森保まどかがグループを巣立つ。華やかな活躍の陰で、いくつもの困難を乗り越えてきた10年。アイドル人生の最終コーナーを駆け抜ける彼女に最後の単独インタビューを敢行した。

 2011年の加入当初から、クールな印象が強かった森保。今よりずっと険しい顔つきに見えた。取材では、メンバーに対して緊張しないよう、愛称で呼ぶことが多い。だが、当時14歳の彼女には近づきがたい雰囲気があった。そんな記憶をひもとくと「じゃあ、まどちゃんで。残り1カ月ですけど」。ちゃめっ気たっぷりの言葉が返ってきた。

 HKTのオーディションには父親が応募したという。長崎在住、「大都会の福岡に遊びに行ける」感覚だった。幼少から懸命に取り組んできたピアノをこのまま続けていくのか、難しさも感じていた。届いた合格通知。「どうしようと思ったけど、せっかくだからやってみようと」

 大人びたビジュアルを生かし、早くから同期の松岡菜摘との「なつまど」コンビで注目を集めた。だが、活動開始から2年半、最初の壁にぶつかる。2枚目のシングル「メロンジュース」をリリースした頃だ。スポーツは未経験で体力がなく、人付き合いも得意な方ではない。精神的にも肉体的にもつらかった。「もう無理かも。辞めたい」。支えてくれたのは周囲のスタッフやメンバー。「もう一息、続けてみよう」と思いを新たにした。

 「それからの一息が、めっちゃ長かったですね」

 シングルの表題曲を歌う選抜には、9枚目を除き計13作で名を連ねる。AKB48選抜総選挙でも14年には25位に。翌年には初の写真集「森のモノローグ」も発売された。一見すると、安定して最前線に立ち続けているように見えるが、本人の思いは違う。「そんなに安定していない。イメージ的にセンター横とか2列目真ん中とか安定してそうですけど、全然3列目とかもある」

 グループ内の「序列」を示す指標と言えるシングルの立ち位置は作品ごとに前後し、総選挙でも16年には50位に下がった。それでも「ファンやメンバー、スタッフに触れ合っていると、そこに照準が合ってくる。やる気が戻ってくる」。

 経験を積み、「アイドル人生のピーク」と見定めた18年。チームKⅣで「制服の芽」公演が始まり、自身のポジションも最前に近い場所に。はつらつとしたパフォーマンスからは、意気込みがひしひしと伝わった。そんな中、練習中に膝を負傷。長期離脱とリハビリを余儀なくされ、再び「卒業」の2文字がちらついた。「気持ち的にもついていけなかった。プラスに、ポジティブに転換しなければいけない現実がつらかった」

 あきらめなかった。同じように負傷していた深川舞子朝長美桜と励まし合い、ステージに帰ってきた。19年の9月、地元長崎でのコンサートで、ソロピアノアルバム「私の中の私」のリリースをファンに告げた。制作発表から4年がたち、スタッフに思いをいま一度問いただされた作品だった。「これをやり終えたら卒業しよう」。心は決まった。

 「それからは、すがすがしい、すっきりした気持ちで活動できたかなって思います」

 12日にリリースされた新曲「君とどこかへ行きたい」のミュージックビデオ(MV)。車掌姿の森保が駅のホームを歩き、敬礼する。「旅立ち」への決意を込めたかのような、りんとした表情が印象的だ。

 「人生の中で一番濃い10年だった」とHKTでの歩みを振り返る。そして「自分にとっての第3章がスタートするんです」と目を輝かせた。ピアノに打ち込んだ第1章、アイドルとして輝いた第2章。まっさらな第3章-。

 「いい意味で、HKTに負けないくらい、すてきな10年を過ごせたらいいな」。まどちゃんはそうほほ笑んだ。 (古川泰裕)

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