引退の福岡堅樹、有終の日本一 医学部受験に2度失敗が転機…挫折を力に変えたラグビー人生

西日本スポーツ 大窪 正一

 医師への道を歩むため、今季限りで現役を退くラグビー元日本代表WTB福岡堅樹(パナソニック)=福岡県古賀市出身=が有終の美を飾った。23日、日本選手権を兼ねたトップリーグ(TL)のプレーオフトーナメント決勝でサントリーに31-26で勝利。自らもトライを決めたスピードスターが、ラグビー人生で初の日本一を置き土産にして惜しまれつつジャージーを脱いだ。

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 試合開始のホイッスルが鳴る前、ピッチで高くジャンプする。「体のバネにスイッチを入れるイメージ」と聞いたことがある。脂が乗りきった28歳で現役生活に終止符を打つ福岡堅樹。おなじみのルーティンも見納めかと思うと寂しかった。

 2年前のワールドカップ(W杯)日本大会で福岡を知ったファンにとって、彼の印象は「頭脳明晰(めいせき)で抜群の身体能力の持ち主」だろうか。今後は日本のアスリートでは異例ともいえる進路に進む。私は「挫折」を「力」に変えた男だと思っている。

 福岡高で花園に出場。これで競技人生に終止符を打つつもりだったが、医学部受験を2度失敗。「ラグビーをやれる時間は限られている」と筑波大で競技に集中し、社会人で受験勉強を本格的に再開。日本代表合宿でも続け、今年2月に順大医学部に合格した。

 ラグビーは5歳から始めた。当初は「堅樹が消える」と評された鋭角ステップが武器だった。負担がかかる膝などを何度も故障して手術や試行錯誤を重ねた末に、世界屈指の加速力を生かした今のスタイルで選手としてスケールアップした。

 個人的に印象深いのが、6年前に宮崎であった日本代表合宿。2015年のW杯イングランド大会で指揮を執ったエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(現イングランド監督)に体力配分を考え、常に全力を出し切らない姿勢をとがめられた。

 「要領だけではこなせない領域にきた。本当に苦しかった」。ゲーム好きだった少年時代は遊ぶ時間を増やすため、学校で宿題を済ませるタイプ。合理性や効率を追求し、結果を残してきた自らの生き方を完全否定された。取材は勘弁-。常に「模範解答」をくれていた彼からそんな空気を感じたのは初めてだった。

 自らのゴールのために何をすべきなのか。限界まで力を出し切るスタイルに変貌を遂げ、当落線上だった15年W杯の日本代表に滑り込んだ。「正直辞めたいな、今ここで逃げ出したら楽だろうなと」。後に当時を振り返った言葉を聞き、すとんと胸に落ちた。

 15年W杯は出場1試合の「不完全燃焼」に終わったが、この時の経験が4年後の19年W杯日本大会に生きた。それまでの生き方に固執せず、アレンジを加えることに迷いがない。変化を恐れない決断と切り替えの早さ、そしてぶれない心で、トップアスリートの新たなロールモデルも示した。

 浄土真宗の書物にある想像上の樹木「好堅樹(こうけんじゅ)」。地中で何百年も力を蓄え、いったん地上に出ると1日で高さ百丈(約300メートル)の勢いで伸び続けるという。自身の名前の由来通り、「堅樹」は新たなステージでも爆発的な成長を続けることだろう。(大窪正一)

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