東京五輪勝ち取った内村航平、苦難の道の途中で見た「夢」

西日本スポーツ 伊藤 瀬里加

 体操の東京五輪代表最終選考会を兼ねた全日本種目別選手権最終日は6日、群馬県の高崎アリーナで各種目決勝が行われ、男子個人総合で五輪2連覇の内村航平(ジョイカル)=長崎県諫早市出身=が種目別鉄棒で4大会連続の五輪出場を決めた。同日の決勝で2位の15・100を記録。今大会まで3大会、計5演技が対象だった日本体操協会が独自に定める選考基準で跳馬の米倉英信(徳洲会)=福岡市出身=をわずかに上回った。日本で体操の4大会連続五輪は、1964年東京大会で日本選手団主将を務めた小野喬以来、2人目。

 4人の団体総合メンバーの残り2人はNHK杯3位の谷川航(セントラルスポーツ)と2018年ユース五輪5冠で18歳の北園丈琉(徳洲会)が初の五輪代表に決まり、16年リオデジャネイロ五輪金メダルメンバーは入らなかった。今大会までの結果を踏まえ、チーム貢献度で選ばれた。鉄棒は既に五輪代表入りしていた橋本大輝(順大)が15・133点で初優勝。

 女子は五輪代表勢の村上茉愛(日体ク)が跳馬と平均台、畠田瞳(セントラルスポーツ)が段違い平行棒、杉原愛子(武庫川女大)が床運動を制した。

   ◇    ◇

 着地を決めた瞬間、内村は東京五輪を諦めていた。「ああ、終わったな」。演技内容から感覚的に厳しいと感じていた。実際は米倉と獲得ポイントで並び、タイブレーク規定で上回る辛勝。試合後、真っ先に米倉に謝った。会場内のインタビューでも強烈な“駄目出し”が口を突いた。

 「もうね、ダメです。米倉選手に申し訳ない。しっかりいい演技をして勝ち取りたかった」

 2日連続の演技で体力を消耗した。「五輪代表選考という、何か特別なものを感じていた」。H難度の「ブレトシュナイダー」など離れ技は全てつかんだものの、ひねり技で流れが止まるミスもあった。得点は選考対象の5演技で最低の15・100にとどまった。

 これまでの歩みを象徴するかのような代表争いのフィナーレ。4度目の五輪への道は、いばらの道だった。リオ五輪後、体操界初のプロとなったが、2019年の全日本個人総合選手権は両肩痛の影響もあって予選落ち。北京五輪に出場した08年以降で初めて日本代表を逃し、東京五輪を「夢物語」と絶望した。

 失意の同選手権後、内村は夢を見た。

 「急に(日本)代表になった。『ちょっと(演技を)やってください』みたいな夢を見た。後輩に『来てください』と言われた感じで。いや、うそでしょ…みたいな」

 目が覚める。「そんなわけないよな…」。当たり前に背負ってきた日の丸の大きさを実感した。

 「あれ(全日本個人総合の予選落ち)がなかったらここにはいない。一回どん底まで落ちた人間はさらに強くなれると感じた。鉄棒で代表に入ることを選んで、代表に入った。自分のやってきたこと、選択したことが間違いじゃないと感じた」

 昨年2月、「6種目やってこそ体操」の信念を捨て苦渋の決断を下した。その直後に東京五輪の1年延期が決定。当時の所属先が契約を終了するなど自身にもコロナ禍の影響が直撃する中、「夢物語」を現実にした。

 「鬼に金棒、小野に鉄棒」と呼ばれた小野喬以来の4大会連続出場。「きょうの鉄棒では、レジェンドやキングとは言えない」と首を振る。東京五輪は中止論も渦巻くが、開催されてもされなくても美しい体操を追求する信念は揺らがない。「完璧はないけど追い求めないといけないし、追い求めた先も見てみたい」。伝説をつくるべく、己を磨き上げるだけだ。(伊藤瀬里加)

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