「ずっと仲間だよ。皆のことが大好き」宮脇咲良のHKTラストメッセージ

西日本新聞 古川 泰裕

Fの推しごと~2021年6月

 「ずっと仲間だよ。皆のことが大好き。HKT48宮脇咲良 2021・6・3」

 「西日本シティ銀行 HKT48劇場」(福岡市)の来場客用ロッカーに、いつの間にかメッセージが書き込まれていた。19日の卒業を前にメンバーに残したのか、2年半、帰りを待ち続けてくれたファンへ向けたものなのか。その両方かもしれない。

 5月29日、北九州市で開かれた1年4カ月ぶりのコンサートに、宮脇の姿があった。歌い、踊り、泣いて笑う。その姿は驚くほど「HKT」だった。メンバー指折りの楽屋での楽しさも変わらないそうだ。後輩たちも「優しくて面白い。昔のまま」と口をそろえる。

 HKTにおける最後の1カ月のスタートは決して望んでいた形ではなかった。ファッション誌の紙面データが会員制交流サイト(SNS)に出回るという、予想だにしない形で「卒業」が判明した。一抹の寂しさを覚えたが、現状に満足せず、その先を目指すという決断は彼女らしかった。

 さまざまな臆測も飛び交う中、5月15日に「ホーム」であるHKT劇場のファンの前で、最初に決断を伝えたことも、彼女なりの「筋の通し方」だと感じた。マイクを持った宮脇は少し震えるような声だったが、よどみなく言葉をつないだ。その姿は、初めての「総選挙」と重なって見えた。

「昨日より今日、今日より明日」    

 2012年6月6日。日本武道館(東京)での総選挙開票イベントで、結成間もないHKTからただ一人、47位にランクインした。驚きながらも、徐々に落ち着きを取り戻し、少し震えるような声で「昨日より今日、今日より明日、一歩ずつ成長していきたい」とスピーチした。

2012年、総選挙47位のトロフィーを手にする宮脇咲良
 

 最前線に立った宮脇は前進し続けた。HKTでは「センター」という分かりやすい位置に立つことこそ少なかったが、総選挙で着実に順位を上げ、国民的アイドル・AKB48の中心に近づいた。

 一足飛びのように階段を駆け上がる中、福岡を離れ東京で過ごすことが多くなる。あまりの変化の速さに、インタビューで戸惑いを語ることも。

 「自分の立ち位置がどんどん前に行きすぎて、本当の私は置いてけぼりになってる感じがして。『え、今のでいいの?』って思いながら突っ走ってきたみたいな感じはあります。『じゃあ次は、あそこまでを目標に』とか、考える時間もないくらい周りのスピードが速すぎて、それに追いついていくのが精いっぱい」

 15年5月、ヤフオクドーム(当時)での総選挙を控えたインタビューだった。

 この時の総選挙で「神の領域」といわれる7位に。以降は自らの順位を上げる一方、グループの中心として周囲のメンバーにも気を配る姿が目立つようになった。

 17年の沖縄総選挙の後、会見と撮影を終えて引き揚げる宮脇は「(矢吹)奈子と(朝長)美桜にも選抜に入ってほしかった。HKTとしては悔しい」と語っていた。

 その年の秋。「劇団四季」の公演のプロモーションの一環として、観劇後の宮脇に感想を聞いた。小さな弟が楽屋を駆け回る中、リラックスした表情を見せる宮脇に、なぜかこちらもほっとしたような気がした。

2012年、こたつ女子会で盛り上がる(左から)村重杏奈、宮脇咲良、若田部遥

 宮脇と向き合って話をしたのは、それが最後。18年の総選挙では自己最高の3位に入ったが、写真撮影に姿を見せることはなかった。その後、韓国行きが決まった。

 1期生である宮脇の取材を巡る思い出は尽きない。こたつに入ってミカンを食べながらの「女子会」、1枚目のシングル「スキ!スキ!スキップ!」を発売した時は西日本スポーツの編集部に足を運んでもらった。

 卒業発表当日、指原莉乃からの手紙にもあったように、「咲良の成長に気持ちが追いついていないファンも、もしかしたらいる」だろう。私もその一人かもしれない。だが、根っこの部分で宮脇咲良は宮脇咲良なのだ。短くも長くも感じる1カ月だが、そう思う。「昨日より今日、今日より明日-」。今はただ、新たな旅立ちを祝福したい。 (古川泰裕)

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