冨安健洋が故郷の代表戦で見た景色 変わらないもの、変わるもの

西日本スポーツ

 冨安健洋コラム「僕の生きる道」

 サッカー日本代表DFで、東京五輪での活躍が期待されるイタリア・セリエAボローニャの冨安健洋。福岡で生まれ育ち、アビスパ福岡で土台を築き、活躍の場を海外に広げた。これまで歩んできた道を振り返りながら、現在の考えや未来、理想などをコラム「僕の生きる道」につづる。

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 本当に誇らしい「想い」でした。自分を育ててくれたアビスパ福岡の本拠地のベスト電器スタジアムで5日、U-24(24歳以下)日本代表としてガーナ戦に出場しました。代表のユニホームを着て、あのスタジアムでプレーする機会はなかなかないですから。

 バス移動中にアビスパサポーターが僕を応援する横断幕を掲げてくれていたのを見つけました。今でも愛してくれているんだな、とうれしかった。アップ中は懐かしいスタジアムの景色に浸りました。当時と違ったのはロッカールーム。少しきれいになっていました。あとは芝かな。以前より短くすごくいい芝でその違いに戸惑い、ファーストタッチが決まらなかったんですよ。コロナ禍の影響で無観客だったことは残念でした。お客さんの前でのプレーなら、もっと違った喜びがあったでしょう。

 ピッチでのプレーは可もなく不可もなく、といったところだったでしょうか。前半の途中で足の状態が気になったので、ハーフタイムに(首脳陣に)伝え、後半は15分だけと決めてプレーしました。代表スタッフと相談し、治療に取り組んでいます。本番に向けた合宿が始まるまでには、しっかりコンディションを戻しておきます。

 ピッチ外の喜びも味わいました。代表のチームメートから「福岡って最高だね」と褒められたこと。活動中は隔離された状態でほとんどの時間をホテルで過ごす中、滞在ホテルのスタッフの皆さんに素晴らしい対応をしていただき、食事もおいしかったです。福岡での代表活動を経て、五輪を迎えるいい準備ができたと感じます。

 五輪代表の活動に参加するのは約3年ぶりでした。チームのレベルが確実に上がっていることを実感します。麻也さん(吉田)をはじめ、オーバーエージ(OA)枠の3人がリーダーシップを取ってくれるので、五輪世代の選手が各自のプレーに集中できる。守備ができる選手がOAにそろったのも大きいかな。

 五輪のサッカーといえば、中学時代に見た2012年ロンドン大会が印象的でした。初戦に1-0で強豪のスペインに勝利した勢いで勝ち進んだ。今回も同じように初戦でしっかり勝って、というイメージはしています。過密日程でタフな大会になるのは間違いないけど、いろんなポジションをできる選手が多いのは心強い。

 サッカーの世界大会といえばワールドカップ(W杯)が最高峰でしょう。でも(8年前に)東京での五輪開催が決まり、自分が東京世代と気づいてからは出場を強く意識しました。スポーツの祭典に参加できる一員として、感謝と誇りと野心を胸に、いい準備をすることに集中するつもりです。(サッカー日本代表、ボローニャ)

 ◆冨安健洋(とみやす・たけひろ)1998年11月5日生まれ。福岡市出身。三筑キッカーズからアビスパ福岡の下部組織に進み、高校2年時の2015年にトップチームに2種登録され、翌16年に正式昇格。18年1月にベルギー1部のシントトロイデンに移籍し、19年7月にイタリア・セリエAのボローニャへ。187センチ、84キロ。

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