大島康徳さんは「甘いマスクで人も良かった。というより人が良すぎた」同学年の大田卓司氏が悼む

西日本スポーツ

 中日、日本ハムで2204安打を放つなど活躍した大島康徳さんが6月30日に死去していたことが分かった。70歳だった。

 元西武の大田卓司氏(70)は大分・津久見高時代から中津工高の大島康徳さんとともに九州を代表するスラッガーとして名をはせた。同郷で同学年、しかも同じ右打者。訃報を伝え聞き、思いがあふれた。

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 ヤスとは高校時代に対戦した記憶がない。もともと投手で、西鉄に入った捕手の春日一平とバッテリーを組んでいた。バッティングの方が有名だった。直接打撃を見たことがなかったけれど、(大分市にあった)県営春日浦野球場で私がホームランを打つたびに『中津工の大島はあこまで打球を飛ばしたよ』と飛距離を話題にされて、自然と意識したのを覚えている。もう一人、鹿児島に照国という高校(現鹿児島城西高)があって、そこに(元ヤクルトの)詫間和文という打者もいた。この3人が九州三羽がらすと呼ばれていた。

 1982年に西武と中日で日本シリーズをやった。あのときは私もヤスもレフト。『おいヤス、どっちが守備下手かなあ』と冗談を言い合った。まあ、俺の方がヤスよりうまかったと思うけれど(笑)。

 ヤスは勝負強かったのはもちろん、大きいのも打てる。当時のセ・リーグは巨人の江川卓投手や西本聖投手をはじめ、各球団、素晴らしい投手がそろっていた。その中で本塁打王も取った。数字が示す通り、偉大な打者。甘いマスクで人も良かった。というよりも人が良すぎた。その分、監督で苦労した。非情になりきれなかった。それもヤスの良さかもしれないが…。

 中津は、20年近く前に亡くなった、うちのかみさんの郷里だから、ヤスに会うたび、あの優しいヤスの顔を見て余計に思い出していた。同じ時代を生きた同い年が逝ってしまって、本当に寂しい。

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