病から復活の福岡工大城東・西 祖父、父に続く聖地目指して

西日本スポーツ 前田 泰子

【記者コラム】

 福岡工大城東の正捕手、西真叶(まなと)は筋金入りの野球一家に育った。父の大介さんは1994年の選抜大会で初出場ながら8強進出を果たした小倉東のエースだった。祖父は65年夏、原貢監督(故人)が率いて初出場で甲子園優勝を果たした三池工の捕手だった穴見寛さんだ。

 「小さいときから、おじいちゃんに甲子園で優勝した話を聞いていました。お父さんとはあまり野球の話はしないけど、実家には甲子園の土が飾ってあります」。小4で野球を始めたのも自然の流れだった。

 中学時代は軟式のクラブチームに所属し全国優勝を果たした。甲子園を目指して県外の強豪校へ進んだが、順調だった西の野球人生が一変する。「突然、首から下が動かなくなったんです」。入学して寮生活を始めた3日後だった。野球どころか歩くことさえできない。原因不明のまま1カ月入院し、学校生活を送れず自宅へ戻った。

 1年生の途中で福岡工大城東へ編入したが、症状は改善しなかった。「朝、起きたら下半身が動かなくて」。秋に検査入院したがはっきりした病名は出ず、心因性と診断された。調子がいいときは家族の送迎で通学した。体重も5キロ以上落ちたが「もう一回、好きな野球をやりたい」という思いはいつもあった。

 自分で学校に行けるようになったのは発症して約1年後の3月。今度はコロナ禍で休校になった。「そこで気持ちをリセットできたんです。一からやり直そうと思って」。休校が明けると通学できるようになり、野球部で練習も始めた。

 偉大な祖父と父の存在が少しプレッシャーになったのかもしれないとも思う。それでも祖父は野球の師匠だった。「いつも試合を見に来てくれて打撃のこととかアドバイスをくれる。自分じゃ考えられないようなことをいろいろ知っていて教えてくれる」と笑った。

 周囲の支えで迎えた最後の夏は初めて背番号2をもらった。「家族がサポートしてくれてもう一度野球をやることができました。おじいちゃんを甲子園に連れて行きたい」。20日の5回戦は飯塚と対戦する。祖父と同じ捕手として聖地への戦いを続けていく。(前田泰子)

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