相性良くなかった豪州戦 上野由岐子に「開幕」託した宇津木監督の胸中

西日本スポーツ 末継 智章

 東京五輪実施競技の最初に始まったソフトボールで、エース上野由岐子投手(ビックカメラ高崎)=福岡市出身=がオーストラリアとの開幕戦に先発。38歳最後の日に4717日ぶりの五輪マウンドに立ち、5回途中まで1失点、7奪三振の好投で、5回コールド勝ちでの快勝発進に貢献した。「上野の413球」など伝説的な活躍を見せて初の金メダルを呼んだ2008年の北京五輪から13年。自国開催の大舞台で再び金字塔を打ち立てる。

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 百戦錬磨の上野でも平常心では投げられなかった。伝説の2008年北京から13年後、実施競技に復帰した自国開催の五輪で開幕投手を託された。「やっとこの舞台に戻ってこられた。興奮しすぎず、丁寧に」。慎重にコースを突いたのが裏目に出て、初回は押し出し死球を含む3与四死球。先制点を献上した。

 「厳しく投げすぎちゃったかな。もっと大胆に、打者をしっかり見て感じるままに」。2回以降は立て直した。110キロ台の威力ある速球に変化球を上下左右に投げ込んだ。緩急を生かした相手の打ち気をそらす本来の姿。5回途中1失点で貫禄の好投だ。

 宇津木監督も「心の中でうれし涙が出た」と感極まった。敗者復活システムがあった北京までと違い、今回は6チーム総当たりの1次リーグ2位以内が決勝進出の条件。一つも取りこぼせない中、指揮官は上野を開幕投手に指名した。

 「20年以上も私の下で投げてくれたではなく、投げていただいた。上野がいてこそ優勝という夢がかなう。ここ一番は上野しかいない」と宇津木監督は言い切る。上野は過去2度、五輪初戦のオーストラリア戦に先発。04年アテネで敗れ、北京では完投勝利も3失点と苦戦した。相性は良くないが、開幕戦の難しさを誰よりも知る。最初はこだわった相手打者のデータに2回からは頼らず、自分の感覚を信じた駆け引きで抑えた。

 日立高崎(現ビックカメラ高崎)入りした上野を選手、監督として見守り続けた宇津木監督。自身が主将を務めたアテネで3位に終わった際、決勝進出を懸けた大一番でマウンドに立てなかった上野に「自分のプライドを捨て、チームのプライドを持ちなさい」と言い聞かせた。北京で初優勝後、上野が燃え尽き症候群に陥ると「やる気がなくてもいい、続けることに意味がある」と諭した。

 慢性的な左膝痛に悩まされ、19年春にあごを骨折しても現役を続ける様も見てきた。「由岐子という名前には、山を支える人間にというご両親の願いが込められている。上野は自分ではなく日本を背負っている。そんな姿を見てきたから、私が彼女に恩返しをしたい」。右腕へのあふれる思いが集大成の五輪での開幕先発起用につながった。

 無観客試合。その生きざまを見てほしい子どもたちは球場にいないが、上野は「ここまで積み上げてきた。ソフトボール人生をぶつけて戦っていきたい」と誓う。22日で39歳。使命を体現する日々が始まった。(末継智章)

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