「日本の柔道家の宿命を家族も感じてきました」金メダル永瀬貴規の母・小由利さん

西日本スポーツ

 柔道男子81キロ級で悲願の金メダルをつかんだ永瀬貴規(旭化成)=長崎市出身=の母・小由利さんが本紙に手記を寄せた。信じ、寄り添い続けた親心。右膝の大けがを乗り越え、2大会連続の大舞台で奮闘した息子にねぎらいの言葉をつづった。

   ◇   ◇

 どんな結果でも「ご苦労さま」と声をかけるつもりでした。絶対金メダルと期待されていたリオデジャネイロ五輪とは違い、今回は激戦でしたから。

 もちろん金メダルを取ってほしい思いもありました。頑張ってきたのに、周りからたたかれたらかわいそうだから。リオ五輪は正直、銅メダルを取れたから良かったと私は思っていました。でも周囲の目は「柔道はお家芸。絶対金メダルを取らないといけない」と厳しかった。昔と違い世界各地で柔道がすごく盛んなのに…。日本の柔道家の宿命を家族も感じてきました。

 コロナ禍で五輪が1年延期され、代表を再選考するのではと不安でしたし、本当に開催されるかも心配でした。でも本人は私に弱音を一切吐きません。常に冷静。国内の大会で貴規が勝ったのに厳しめの記事を書かれたときもそう。「書きたい人には書かせたらいい」と受け止める子です。

 2017年の世界選手権で右膝を負傷し、手術で入院しました。前十字靱帯(じんたい)が切れていて、手術を挟んで6日間、入院中の息子に付き添いました。痛々しい術後の姿。柔道どころか日課だった走ることさえできない。それでも弱音は口にしませんでした。

 そんな貴規が「先が見えない」と漏らしたことがあります。けがの影響で国内でも代表争いの4、5番手まで落ちていた19年2月。大事な国際大会を控えていました。そばにいた方が気が楽になるかなと思い、長崎から当時住んでいた茨城の息子の家に出向きました。試合の話はせず、ハンバーグやポテトサラダ、野菜炒めをつくって過ごしました。結局、大会結果は2位でしたけど、その後の国際大会で4連勝。吹っ切れたように感じました。

 貴規はよく「母が一番のファン」と言ってくれます。夫が単身赴任で、仕事をこなしながら3人の子育てをしていた私は趣味を持つ余裕がなかった。だから息子たちの試合を見るのが何よりの楽しみでした。末っ子の貴規は上の2人の手がかからなくなっていた分、全国各地の遠征にも付くことができました。高校1年生の春、全国高校選手権の個人戦で初優勝したときの感動は忘れられません。

 でも当時は五輪なんて夢のまた夢でした。2回もその舞台に立ってくれるなんて。本当に親孝行の子です。とにかくお疲れさま。コロナが終息したら、またどこか旅行に連れていってね。

PR

柔道 アクセスランキング

PR

注目のテーマ

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング