悲願の金 国籍変えたソフト宇津木監督の人生観「お墓はいらない。私は死んだら、海へ帰りたい」

西日本スポーツ 西口 憲一

 日本と中国。二つの国を隔て、つなげているのが東シナ海だ。東京五輪の1年延期が決まった2020年3月末。緊急事態宣言が発出される前、心身の療養を兼ねて宇津木麗華監督は生活拠点の群馬県高崎市を離れ、沖縄で過ごした。眼前の海原を見つめながら、つぶやいた。「お墓はいらない。私は死んだら、海へ帰りたい」

 24歳の春、中国名「任彦麗(にん・えんり)」は、宇津木妙子さん(元日本代表監督)に憧れ、東シナ海を渡ってきた。1995年に日本国籍を取得し「宇津木麗華」と名乗った。好機に打てないと「中国に帰れ」とやじられ、泣いた。「日本人になって、頑張って、たくさん打ったのに…。打てなかった、たった一度を責められるのか」。誰もが期待する場面で必ず打つと心に誓った。

 「私にとってソフトボールは夢であり人生。九州は上野由岐子が生まれ育った場所。その読者に思いや考えを伝えたかった」。選手で五輪に2度出場。指導者としても世界選手権を2度制した。西日本新聞のコラム執筆を依頼すると、快諾してくれた。タイトルは「麗しき夢」―。今は亡き両親から授かった大切な「麗」の1字には真っすぐ、いちずの意がある。「私に『麗』という名前をつけてくれた親の愛情、祖国の中国を忘れないための『華』。この名前に負けてはいけないと自分に言い聞かせている。負けないためには、どうするかが私の行動規範になっている」

 言葉の壁から人前で話すのは苦手。カラオケはやらない。好きな曲はある。中島みゆきの「糸」だ。歌詞の「縦の糸はあなた 横の糸は私 織りなす布は いつか誰かを 暖めうるかもしれない」をソフトボールに置き換える。「選手と私で糸を紡いで、ハリウッド(スターが集まった)チームの米国を倒す」と大一番に臨んだ。

 五輪の1年の延期を「天の配剤」と受け止め、後藤希友(みう)を抜てき。20歳の左腕は救世主になった。投打「二刀流」の実力は誰もが認めながら、やんちゃな一面を持っていた藤田倭(やまと)は「自分の心をコントロールできれば、上野に並ぶ『日本の顔』になれる」と背中を押した。

 大会前に調子を落としていた藤田は打者として3本塁打。投げても1次リーグ最終戦で打たせて取る投球に徹し、決勝の上野と後藤につないだ。「チームは家族。先輩は姉、後輩は妹と思い、愛情を持って接しなさい」。17歳で失った母の教えを胸に、選手の心を一つに束ねながら戦った。

 福島の夏空の下で始まった13年ぶりの挑戦は、横浜の夜空の下で完結した。58歳の日焼けした頬を熱いものが伝った。上野と抱き合うと、号泣に変わった。「運は天に任せてはいけない。自分でつかむもの」。信じた選手たちの手で宙に舞った。2021年7月27日―。麗しき将の夢に、生涯忘れることのない「日付」が刻まれた。(西口憲一)

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