素根輝の目を覚ました母の叱咤「嫌ならやめなさい。あんたがやめると五輪に行ける人がいる」

西日本スポーツ 末継 智章 玉置 采也加 竹中 謙輔

 柔道女子78キロ超級の素根輝(パーク24)=福岡県久留米市出身=が、初の五輪で金メダルを獲得した。決勝では2012年ロンドン五輪覇者のオルティス(キューバ)を圧倒。相手への指導3による反則で完勝した。身長162センチと最重量級では小柄ながら、座右の銘の「三倍努力」で培った技とスタミナが際立った。この階級では04年アテネ五輪の塚田真希以来の頂点で、柔道の福岡県出身者では同五輪女子48キロ級の谷亮子=福岡市出身=以来の金メダルとなった。

8分52秒反則勝ち

 畳の上でも、涙をこらえることができなかった。最後まで攻め続けた8分52秒の激闘。息を切らした素根は袖で顔を拭った。「信じられない」。一礼して畳を下りると秋本啓之コーチと抱き合って号泣。父行雄さん(59)の「どんなことでもいいから輝いてほしい」との思いがこもった名前通り、最高の輝きを放った。

 オルティス(キューバ)との決勝。身長162センチの素根は左のつり手を絞り、同173センチの2012年ロンドン五輪覇者の右手を封じた。「組み手で勝たないと技につながらない」。相手の動きを止めて大内刈りと担ぎ技を繰り出し、組み手巧者を圧倒。掛け逃げを誘って相手への三つ目の指導を引き出した。11センチの身長差は関係なかった。

 自国開催の五輪を控えた今春。福岡県久留米市の実家で母美香さん(54)にどなられた。「情けない、あんたは。嫌だったらやめなさい。あんたがやめると五輪に行ける人がいるんだから」。幼少期から、3人の兄とTシャツを破るほどの激しいけんかをしていた負けず嫌いの目が覚めた。

 3月に約1年4カ月ぶりの実戦だったグランドスラム(GS)タシケント大会で優勝したが、帰国直後に左膝を負傷。約1カ月間稽古ができなかった。それまでもコロナ禍で満足に練習できず「成長を実感できずにいた」と何度も弱音を吐いた。母の言葉は、娘を奮起させるためだった。

 柔道を始めた小学1年時には、行雄さんから「人の三倍努力しないと勝てない」と教えられた。不世出の柔道家といわれた熊本市出身の故木村政彦氏の言葉「三倍努力」は座右の銘となった。地元の道場で2時間稽古をした後、父が自宅近くに設けたトレーニング場で約1時間、打ち込みや俊敏性を高める練習を重ねた。家族の愛に支えられて金メダルへの道を歩んだ。

 故郷のバックアップも大きかった。久留米市の田主丸中1年だった13年に東京五輪開催が決まると、中学の黒岩浩隆監督に「言葉に出さないと実現しない。人から聞かれたら常に『五輪で優勝したい』と言いなさい」とハッパを掛けられた。自国開催の五輪を本気で目指し始めたきっかけだった。

 五輪を目指す女子選手は首都圏や関西の強豪大学、実業団に拠点を置くケースが多い。久留米市の南筑高で金鷲旗を制するなど活躍した素根も、高校卒業後は福岡を離れて大学に進んだが、「三倍努力」するだけの練習時間と稽古相手を確保できずに不安が募った。

 相談を受けた南筑高の松尾浩一監督は「おまえが納得いくまでやれ。環境は俺がつくる。遠慮はいらん」と約束。恩師の言葉に腹をくくると母校で後輩を相手に乱取りを重ね、昨夏には大学を退学。古巣を拠点として稽古に打ち込んだ。

 「地元で強くなりたい気持ちがあった。とことん練習をさせてもらった。本当に言葉にできないぐらいきつい稽古だったんですけど、そこでしっかり土台ができたと思う。本当に頑張ってきて良かった」

 最重量級で身長162センチは小柄だが、無尽蔵のスタミナを武器に自分より大きな相手を攻め続けた。「身長の低さはハンディじゃなく武器。小さくても努力すれば勝てることを証明したかった」。地元で「三倍努力」を続けた久留米の星が、柔道の聖地で最高の輝きを放った。(末継智章)

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 福岡県久留米市の素根の母校でも、恩師や後輩たちが手に汗を握りながら観戦し、優勝の瞬間に一緒に涙した。

 中学時代の恩師で田主丸中の黒岩浩隆教諭(58)は、妻や中学のコーチらと一緒にテレビで観戦した。決勝戦で延長に持ち込んだ試合運びを褒める。「最後まで組み手にこだわり、持久戦を覚悟した闘い。練習を積んで自信がないとできない粘り勝ちだった。1年の延期にも耐え、精神的に成長した」と感極まった声で語った。

 南筑高で指導した松尾浩一監督は、素根と同じく目に涙を浮かべた。「輝が勝って泣くなんて。小さい頃からの夢の舞台で目標を達成し、それが涙になったのだろう。三倍の努力が実を結んで大きな花を咲かせた」とねぎらった。

 同校の校内では、現役柔道部員らが素根の似顔絵と「金メダル」の文字が書かれたうちわを手に声援を送った。前主将で3年の須田菜月さん(18)は「最後まで諦めない姿に感動した。自分たちも頑張らないといけないと感じた」と先輩の偉業をたたえた。(玉置采也加、竹中謙輔)

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