侍ジャパン甲斐拓也の道しるべ 達川光男さんに教わった「徳川家康の遺訓」

西日本スポーツ 鎌田 真一郎

 野球1次リーグA組で侍ジャパンがメキシコに逆転勝ちし、2勝0敗で同リーグ1位通過を決めた。勝利に大きく貢献したのは、甲斐拓也捕手(ソフトバンク)。9番捕手で2試合連続のフル出場。打っては2回に同点の中前打を放つなどチーム唯一の3安打を放ち、捕手としても若手投手陣をしっかりリードした。8月2日には決勝トーナメント初戦でB組1位の米国と対戦。日本の扇の要が、金メダルロードを引っ張っていく。

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 頂に立つために形はこだわらない。先制された直後の2回。2死一、二塁で甲斐に最初の打席が回った。「初回に、進めなくていいランナーを進めたのは僕。まず追いつきたいという気持ちが最高の結果になった」。左腕オラマスの直球をたたきつけ二遊間を破る適時打に。初戦のドミニカ共和国戦でのセーフティースクイズに続く同点の打点をたたき出した。

 頭にあったのは初回の自身の守備だ。無死一塁で森下のカットボールをはじき(記録は暴投)、二進を許して先制につなげられた。ミスを取り返す一打を放つと、森下、伊藤、平良、栗林と若手投手陣を引っ張り、打ってもチーム唯一の3安打で1次リーグ1位突破の原動力となった。

 「自分のやるべきことを一つ一つ、その一瞬一瞬にできれば。勝つことが全て」。2日から決勝トーナメント。やるか、やられるか―。神経をすり減らす戦いは本格化していく。

 これまでも立ちはだかる壁を乗り越えてきた。楊志館高3年夏は大分大会初戦で敗退。それでも大分からプロテクターやミットが入った大荷物を抱え、高速バスで福岡でのソフトバンク入団テストを受けにいった。育成6位で2011年に入団したが、同期の1位指名も同じ高卒捕手。球団からの期待の違いも肌で感じた。打撃練習でケージから打球が外に出ず、実力に失望しかけたこともある。

 そこからはい上がって17年には103試合に出場。ただステージは上がっても悩みは尽きなかった。「徳川家康の御遺訓いうのを、調べてみ」。見かねた当時の達川光男ヘッドコーチに言われた。

 <人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。いそぐべからず。不自由を常とおもへば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基。いかりは敵とおもへ。勝つ事ばかり知りて、まくること知らざれば害その身にいたる。おのれを責めて人をせむるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり>

 一つ一つの言葉がすっと頭に入った。「1軍で出始めて悩んでいる時に、衝撃を受けた」。不自由が当たり前と思えば不満は出ない、欲が出たときは苦しかったときを思い出しなさい―。難を一つずつ乗り越え、4度の日本一やプレミア12での優勝に貢献。日本を代表する捕手となった。

 そして、たどり着いた五輪の舞台。「僕らが金メダルを取るためにやっているのは変わりない。2連勝したけど、最終的な目標は金メダル」。大将軍の遺訓を胸に、侍の正捕手は世界制覇へまい進する。(鎌田真一郎)

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