やっぱり神の子、不思議な子…侍ジャパン田中将大の「見えない力」高校恩師・香田誉士史氏が語る

西日本スポーツ 鎌田 真一郎

 悲願の金メダルを目指す侍ジャパンは2日に米国との準々決勝(横浜スタジアム)に臨む。1日は大田スタジアム(東京都)で前日調整。先発する田中将大投手(楽天)は取材対応して「グラウンドで結果を出さないと、選ばれた意味がない」と厳しい表情で決意を示した。甲子園を沸かせた駒大苫小牧高(北海道)時代に監督として指導した香田誉士史さん(50)=佐賀市出身=は教え子にエールを送った。

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 現在は社会人野球の西部ガス(福岡市)で監督を務める香田さんは、駒大苫小牧高時代の田中将を監督として指導。エースとして2年夏の甲子園で優勝し、3年夏は準優勝した教え子を「タイミングや運、縁だとか。巡り合わせを引きつける子」と評する。

 2006年秋のドラフト会議では4球団が競合し、球団創設間もない楽天が引き当てた。背番号を決める際、香田さんは大きめの数字を薦めた。田中将はスッとエース番号の「18」に手を伸ばした。「結局『18』らしくなるんだもんね」。1年目の07年から活躍し、当時監督だった故野村克也さんの「マー君、神の子、不思議な子」との言葉に、香田さんも「分かる」と共感したという。

 兵庫出身で、駒大苫小牧高では初の「野球留学」の選手だった。目立ったのは精神面のバランスの良さ。「真面目すぎず、やんちゃすぎず。偏った考えもなく、笑いも分かる」。野球では投球はもちろん、打撃や守備も隙がなかった。

 他人の心が理解できるからこそ、打者心理の洞察にも長じていた。強豪校に打撃マシンで対策をされても「マシンと僕の球は違う。打たれないです」と言い切った。プロでは13年に無傷の24連勝。楽天をパ・リーグ初優勝と日本一に導いた。「18」に近い「19」を背負った米大リーグのヤンキースでは通算78勝。復帰した楽天で再び「18」をつけた。

 五輪はチーム最年少の19歳で出場した08年北京五輪で4位。コロナ禍で東京五輪が1年延期となり、今年1月に米大リーグから楽天に復帰して前回の「リベンジ」の機会をつかんだ。復帰会見では「北京五輪では悔しい思いをした。自国開催だし、金メダルを取りたい」と思いを明かした。

 北京五輪での背番号は「15」。自国開催の今大会は00年シドニー、04年アテネの両五輪で松坂大輔(西武)、北京五輪でダルビッシュ有(現パドレス)がつけた「18」を背負う。日米通算181勝を誇り、円熟期を迎えた32歳の教え子に、香田さんはエールを送った。「同じ言葉でも、将大が言うと響き方が違う。苦しいところで、彼が力を発揮すると思う」(鎌田真一郎)

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