女子バレー終戦、けがに泣いた古賀紗理那は涙 「歩けます」車椅子で退場後、深夜2時の直訴

西日本スポーツ 伊藤 瀬里加

 ◆東京オリンピック(五輪)バレーボール 女子1次リーグA組 日本1-3ドミニカ共和国(2日、東京・有明アリーナ)

 バレーボール女子で1次リーグ敗退となった日本でけがから復帰した古賀紗理那(NEC)=熊本県大津町出身=が奮闘した。ドミニカ共和国との同リーグ最終戦でチーム最多22得点と気を吐いた。長くエース候補として期待された25歳が一皮むけた姿を見せた。

 「決勝トーナメントの初戦の気持ちで臨んだ。負けて悔しい」。初の五輪は悔し涙で終わった。

 7月25日にあったケニアとの初戦で右足首を負傷。自力では起き上がれず車椅子で退場した。捻挫と診断されて病院から選手村に戻ったのは午前2時。中田久美監督は帰りを待っていてくれた。「歩けます」と伝え、コート復帰を願い出た。約束通りに同31日の韓国との1次リーグ第4戦で3試合ぶりの出場。フルセットで敗れたものの、チーム最多の27得点を挙げた。「覚悟を見た」。古賀に対して「エース」という言葉を使ってこなかった中田監督は目に涙を浮かべた。

 1984年のロサンゼルスから3大会連続で五輪に出場した中田監督は「無理はさせられないが、それでもやるのがオリンピック」と言う。古賀にも東京五輪に懸けてきた思いがあった。熊本信愛女学院高2年で初めて日本代表入りし、五輪4大会出場の木村沙織さんを継ぐ次世代のエースとして早くから注目された。だが、前回のリオデジャネイロ五輪は大会直前の最終選考でふるい落とされた。

 失意で熊本の実家に帰省。バレーをテレビで見ることなく、競技から離れ、温泉に行くなどして過ごした。約2週間のオフを終えて帰るとき、父の裕正さんに声をかけられた。「ずっと頑張っているから、きつくなったらいつでも帰ってきていいぞ」。家族の言葉に心が軽くなった。

 木村さんからの「紗理那は絶対、埋もれちゃだめだよ」という言葉も励みに、「勝負どころでトスを呼び込んで決めきれる選手が日本のエース」と言い聞かせてきた5年間。「ほかの選手も、これまでの大会と違う気迫をすごく出してくる大会だった」。3年後のパリで雪辱する。(伊藤瀬里加)

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