侍ジャパン千賀&甲斐の育成同期 共に過ごした日々を胸にキクラゲ生産「おまえらが頑張ってるから頑張れる」

西日本スポーツ 鎌田 真一郎

 野球の日本は4日に韓国との準決勝(横浜スタジアム)に臨む。広島と並ぶ最多4人が代表に選ばれたソフトバンク勢で、柳田悠岐(32)、千賀滉大(28)、甲斐拓也(28)=大分市出身=の3選手は2011年の入団。同期として一緒に汗を流し、現在は福岡県糸島市でキクラゲを生産する「結樹農園AGLIS(アグリス)」を営む中原大樹さん(29)は「誇りに思う。ステージは違うけど励みになる」と笑う。

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 3棟のハウスでキクラゲを育てる鹿児島県出身の中原さんは身長186センチ、体重130キロ。育成ドラフト2位で入団し、14年を最後に現役を退いた。鹿児島城西高時代に高校通算38本塁打を放った力自慢は、広島経大からドラフト2位で入団した4学年上の柳田に「最初からスイングスピードが桁違いだった。身体能力も高く、『化け物』だと思った」と衝撃を受けた。

 11年入団は支配下5人と育成6人の計11人で、千賀、甲斐、中原さんら9人が高校からのプロ入り。育成ドラフト4位だった千賀の球は「見たこともない体感速度。当時はまだコントロールが悪くて、いつ当たるか怖かった」。当時の選手寮があった福岡市東区の海岸をコーチが付きっきりで走り込み、下半身を地道に強化していた姿が印象に残っているという。

 当時は3軍制を導入して1年目。育成選手はライン引きなど練習前の準備を一任されていた。育成ドラフト6位で入団した甲斐はその前に球場入りし、打撃マシンの球で捕球練習を繰り返していた。「そういう積み重ねが今につながっているのでは」と振り返る。

 千賀は12年、甲斐は13年に支配下登録された。「焦りしかなかった」と明かす中原さんは4年目のオフに戦力外となって育成選手のまま現役引退。その後は引っ越し業で働いたが、なかなか「元ホークス」と明かせなかった。睡眠時間も十分に確保できない激務の中、同期の姿が活力だった。

 一念発起し、昨年6月にキクラゲ生産の事業を立ち上げた。かつての仲間が食べてくれて知名度も上がった。「改めて、すごいところにいたんだなと感じます」。大会前には千賀にメッセージを送った。「おまえらが頑張っているから、頑張れる」。米国との準々決勝での力投が最高の返事だった。(鎌田真一郎)

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