残り2・5秒で悪夢の逆転負け…空手・西村拳はメダル逃す “最初で最後”の五輪は苦い記憶に

西日本スポーツ 伊藤 瀬里加

 ◆東京オリンピック(五輪)空手 男子組手1次リーグ(6日、日本武道館)

 残り2・5秒、西村拳(チャンプ)=福岡市出身=に悪夢が待っていた。

 ハンガリー選手との1次リーグ最終戦。1-0とリードしている状態で試合が一度止まり、再開した瞬間、捨て身の上段蹴りを浴びた。相手に3点が入った直後に試合終了。2勝2敗で4強入りを逃し、思わず天を仰いだ。

 「逃げるにしても攻めるにしても中途半端な自分の弱さが出た。自分に対して殴ってやりたい」

 後がない相手が大技を狙ってくることは分かっていた。反則を犯してでもしのぎたい場面。「気の緩みが出て逃げ方が甘かった」と唇をかんだ。

 元世界選手権覇者の父・誠司さんの影響で空手を始めた。高校では親元を離れ、強豪校の宮崎第一高(宮崎市)に進学。世界王者の息子という期待と厳しい稽古に、過呼吸に陥るほど追い詰められながら、トップ選手に成長した。

 2018年世界選手権3位の実力に端正なルックスも併せ持ち「空手界のプリンス」と注目を集める。試合には常にオールバックで臨む。近大時代の恩師で、18年に他界した木島明彦氏の「表に出る時は身なりもちゃんとしないといけない」という教えからだ。

 宮崎県出身の木島氏は長年、空手界に尽力してきた功労者。16年8月、東京五輪での初実施が決定すると、激励された。

 「神様がくれたチャンスやで。25歳になる年、選手として最高の年齢の時に日本で開催されて出られるかもしれない。手を伸ばすのは大変だけど、死に物狂いの努力をしたらつかめるものができたやんか」

 木島氏の教えは徹底した勝負重視だった。「泥くさくてもいいから勝て。勝負という字は勝ちか負けか。引き分けはない」と常々教えられた。命日の前日だった6月15日、木島氏の墓前を訪れた。最後の最後で勝負への詰めが甘くなり、「負けてすみませんでした、と言いたい」と悔やんだ。「メダル獲得が最低ラインと思っていた。自分の甘さ、ふがいなさで落としてしまったことは悔しい」。パリ五輪からは実施競技から除外される。“最初で最後”の五輪は、ほろ苦い経験となった。(伊藤瀬里加)

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