井原正巳、吉田麻也に導かれ…系譜を受け継ぐ冨安健洋、悔しさ胸に「自分たちが次の代表つくる」

西日本スポーツ 末継 智章 松田 達也

 ◆東京オリンピック(五輪)サッカー 男子3位決定戦 日本1-3メキシコ(6日、埼玉スタジアム)

 強い思いで臨んだ大一番は悔しさだけが残った。早すぎた序盤の失点が尾を引いた完敗に冨安健洋(ボローニャ)=福岡市出身=は肩を落とした。大会前の故障や出場停止など不運が重なった今大会。「不完全燃焼です。本当にふがいない」と悔しさをあらわにした。

 福岡の下部組織出身選手として初めて五輪に出場した。トップチームの試合に初出場したのは高校2年時の2015年。才能を見抜き起用したのは「アジアの壁」と呼ばれた元日本代表の名センターバック(CB)、井原正巳監督(現J1柏ヘッドコーチ)だった。

 井原さんの指導について、冨安は「気持ちで負けてはいけない、と常に言われていた」と振り返る。福岡時代は長身ながらも苦手としたヘディングを居残り練習するなど、努力を重ねた。

 18年1月には飛躍を期し、シントトロイデン(ベルギー)へ移籍。同年9月には初めてフル代表へ招集された。不動のCBの吉田麻也(サンプドリア)=長崎市出身=とコンビを組むのが目標だった。チームの立石敬之・最高経営責任者=北九州市出身=には予想外のハッパを掛けられた。「(吉田)麻也の横を狙ううちはポジションを取れない。麻也から奪ってこい」。高い意識を持って10歳年上の先輩の背中を追い、成長。フル代表でも不動のコンビを組むようになった。

 井原さんと吉田は日本代表で主将を務めた実績があり、守備の要としてチームを支え、ワールドカップ(W杯)にも出場した。冨安は2人の系譜を受け継ぐべき存在だ。

 試合後、ショックを受け止めた上で冨安は力を込めた。「自分たちが次の代表をつくっていくことになる。今後の日本代表を強くしていかないといけない。それぞれが所属チームで試合に出て『当たり前』のレベルを上げていかないと」。53年ぶりのメダルを逃した悔しさを糧に、次のステージでの飛躍を期す。(末継智章、松田達也)

PR

日本代表 アクセスランキング

PR

注目のテーマ

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング