侍ジャパン最年少21歳の村上宗隆 「思い出すのも嫌になるぐらいの出来事」胸に戦い抜いた五輪

西日本スポーツ

 ◆東京オリンピック(五輪)野球 決勝 日本2-0米国(7日、横浜)

 鮮やかな放物線が37年ぶりの金メダルにつながった。3回1死。代表最年少の21歳の村上がマルティネスの投じた外寄りチェンジアップを完璧に捉えた。横浜の夜空に舞い上がった打球は、左中間席へ着弾した。

 「ちょっと重たい空気だったんですけど、あの一発で少しこっちに流れが来た」と稲葉監督も振り返った一発は、村上の五輪初アーチであり、チームにとって値千金の決勝弾となった。準決勝までの4試合でも3割を超える打率をマークし、決勝の大舞台でも歴史に刻まれる一発を放った。

 快挙に貢献した21歳の原動力は故郷への思いだ。熊本・九州学院高2年だった2016年4月14日夜。練習を終え自転車で熊本市内の自宅に帰る途中に熊本地震の「前震」に遭った。「思い出すのも嫌になるぐらいの出来事だった」。波打つ道路に足がすくみ、親に電話して車で迎えに来てもらった。

 春の九州大会出場が決まっていたが、練習もままならない日々を過ごした。練習再開後、石垣などが崩れた熊本城の姿に胸が締め付けられた。同校の坂井宏安前監督(64)は「多感な時期に地震を経験して、ふるさとを思う気持ちは人一倍強い」と明かした。

 高校1年夏の熊本大会初戦で満塁本塁打を放った。「肥後のベーブ・ルース」と称され、高校通算52本塁打も記録したが、甲子園出場は1年夏の1度だけ。坂井前監督が「あの子は順調に来た子じゃない」と話すように、地震後は甲子園での活躍で地元を元気づけることはできなかった。

 高卒2年目以内でのプロ野球記録に並ぶ36本塁打を放った19年には、熊本城復旧のための寄付を本格的に開始した。28本塁打の20年からは「自分が打つことで喜びを与えられたら」と本塁打1本ごとに一定額を寄付している。今季も既に26発を放つ。決勝の舞台でも、価値あるアーチで故郷への思いを体現した。

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