「小さくても勝てる」「僕が見せられる夢はここまで」選手の言葉で振り返る東京五輪の17日間

西日本スポーツ 末継 智章 伊藤 瀬里加

 1964年に続いて開催された2度目の東京五輪で、日本選手団は史上最多となる金メダル27個を含む58個のメダルを獲得した。新型コロナウイルスの感染拡大による1年延期を経た大舞台で、九州ゆかりの選手を中心に大会を追った記者が心に残った場面、印象に残った言葉を振り返る。

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 大会を締めくくる閉会式では、五輪で初採用となった空手の男子形で優勝した喜友名諒(劉衛流龍鳳会)が旗手を務めた。沖縄県出身者初の金メダリストとなった試合後、日本武道館の会場中央の真ん中で正座し、深々と一礼。亡き母への感謝を静かに表した。その姿は礼節を重んじる武道の精神、日本の文化を世界中に示すようだった。

 陸上女子1万メートルで7位入賞し、9位だった5000メートルでも日本記録を更新した広中璃梨佳(日本郵政グループ)=長崎県大村市出身=もリラックスした様子で入場。今大会では、勝負どころでトレードマークの帽子を脱ぎ捨てた場面が印象的だった。別のレースでかぶり続け、脱水症状になりかけた経験も踏まえた判断に心の成長を感じた。

 開会式に先駆けて7月21日に競技が始まったソフトボールはエース上野由岐子(ビックカメラ高崎)=福岡市出身=が先発のマウンドに立った。日本を金メダルに導いた2008年北京五輪以来の実施競技復帰に「このマウンドに立つためにここまで取り組んできた」。連覇を達成し、13年越しの悲願を成就した。

 柔道女子78キロ超級を制した素根輝(パーク24)=福岡県久留米市出身=は重量級では小柄な162センチ。「小さくても努力すれば勝てるんだという事を証明したいと思っていた」と感極まった。

 敗者の言葉も胸に刻まれた。体操男子種目別鉄棒に挑んだ内村航平(ジョイカル)=長崎県諫早市出身=はまさかの予選落ちだった。悔しさを押し殺すように明るい声で取材に応じ、こう締めくくった。「新しい世代のスターも生まれそうな…。いや、生まれたかな、きょう。もう僕が見せられる夢はここまでなんじゃないかな」。その言葉を証明するように、橋本大輝(順大)が個人総合と種目別鉄棒の2冠。体操ニッポンのエースを引き継いだ。

 バドミントン女子ダブルスでともに熊本県出身の福島由紀、広田彩花組(丸杉Bluvic)は8強で涙をのんだ。6月に右膝に大けがを負い、痛々しいサポーター姿だった広田は「たくさんの人の応援してくださる方の顔が浮かんで頑張れた」と感謝した。

 競泳の17歳、柳本幸之介(東京・日大豊山高)=佐賀県伊万里市出身=は男子800メートルリレーで第1泳者を務めたものの、予選落ち。同世代の活躍を目に焼き付けて「世界水泳も福岡での自国開催。同世代の選手たちと個人で戦えるようにしたい」。来年5月、福岡市で開催される世界選手権での雪辱を誓った。

 「4年に1度」の祭典は、コロナ禍により「5年に1度」になった。待ちに待った大舞台で戦った選手たちの姿や言葉には5年分の重みがあった。(伊藤瀬里加、末継智章)

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