銀メダルのバスケ女子、実った林咲希の早朝特訓 支えた恩塚コーチ明かす舞台裏

西日本スポーツ 末継 智章

 東京五輪でバスケットボール女子日本代表が銀メダルを獲得し、日本バスケ界で男女通じて初めて五輪の表彰台に立った。エースの渡嘉敷来夢(ENEOS)を右膝の重傷で欠く中、参加12チーム中11番目の平均身長176センチの日本代表がなぜ躍進したのか。代表のアシスタントコーチを務めた東京医療保健大の恩塚亨監督(42)がその背景や、3点シュートを17本決めた林咲希(ENEOS)=福岡県糸島市出身=の活躍の要因を語った。(末継智章)

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 日本の転機となったのは6月だ。昨年末に右膝を負傷し、復帰を目指していた193センチの渡嘉敷が五輪を断念。エースを失い、戦術の転換も迫られる中、チームが目標を変えなかった点について、恩塚コーチはプラスに受け止めた。

 「渡嘉敷がいない、チームの身長が低い中でも金メダルという目標を差し引かなかった」

 高さで対抗しづらくなれば、3点シュートがより重要になる。「キキ」の愛称を持つシューター林の能力が求められる状況になったが、当時は調子を崩していた。

 状況を察した恩塚コーチは6月下旬、東野智弥技術委員長とともに午前7時半から林を“特訓”に誘い、フォームの改善に取り組んだ。

 「東野さんがまとめた資料を提示し、好調時と比べて(シュートの軌道の)アーチが低いこと、手首の角度がずれていることを伝えた」

 メンタル面での改善も促した。シューターとしての存在意義を見いだすために結果を出さなければいけないという考えではなく、シューターとしての理想像通りにプレーすることで、おのずと結果がついてくるという発想への転換だった。

 「選手の心のエネルギーをどうやればいっぱいにできるかが僕の役割。彼女の気持ちを少しでも楽にしたかった」

 7月に入って調子を上げた林は、今大会の出場全選手で2番目に多い17本の3点シュートに成功。成功率4割以上なら一流といわれる中で48・6%の高確率で決め、ベルギーとの準々決勝では残り16秒で逆転の3点シュートを決める勝負強さも披露した。

 決勝の米国戦では相手の激しいマークを受けて3点シュートを1本しか打たせてもらえなかった。それでも恩塚コーチは林の姿勢に目を細めた。

 「打てない悔しさや苦しさを持ちながらも、打つチャンスを探し、守ったり(速攻で)走ったり声をかけたりと、自分にできることを探していた。それがチームにいい影響を与えていた。最高に素晴らしかった」

 日本の躍進の裏には「キキ」とチームの危機に手を差し伸べた恩塚コーチのサポートが大きな役割を果たしていた。

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