元バレー代表・迫田さおりが見た東京五輪 渡嘉敷来夢、古賀紗理那、そして黒後愛の姿に思う

西日本スポーツ

バレーボール女子元日本代表・迫田さおりさんコラム「心の旅」

 好きな言葉は「心(こころ)」だという。バレーボール女子元日本代表のアタッカー、迫田さおりさんは華麗なバックアタックを武器に2012年ロンドン五輪で銅メダル獲得に貢献した。現役引退後は解説者などで活躍の場を広げる一方、コロナ禍が続く中、スポーツの魅力を発信しようと自身の思いをつづっている。

五輪モニュメントの前で笑顔の迫田さおりさん(スポーツビズ提供)

 地元の鹿児島で聖火ランナーを務めたのが春でした。閉会式で「火」が消え、季節が一つ巡った気がします。生まれて初めてこんなに多くの競技を見させていただき、やっぱりスポーツはいいなと。コラムを書きながら、真っ先に浮かんだ情景があります。大会を支えたボランティアの方の笑顔です。厳しい暑さの中、毎日どの会場でも笑みを絶やさず親切に接してくださいました。この場を借りてお礼を言わせてください。

 バスケットボール女子日本の銀メダルには心から拍手を送ります。元代表主将の大神雄子さんに話を伺い、改めて五輪メダルの価値を実感しました。一人一人に歩んできた道のりがあるように、代表チームにも歴史があります。私たちは2012年ロンドン五輪で銅メダルを手にできました。女子バレーで28年ぶりとなったメダルは先輩方が苦しい思いを積み重ねたからこそ。つながっているという点でバスケも共通する部分がある気がします。

 誇らしげな顔が並んだ表彰台にエースの渡嘉敷来夢選手の姿はありませんでした。悔しかったと思います。フランスを破り、男女を通じ史上初のメダルが確定した準決勝の後、私は渡嘉敷選手の心境が気掛かりでした。米国との決勝でテレビにコメンテーターとして出演していたと知り、驚きました。けがをしていなかったら…本当だったら…自分もこの場所にいたかもしれないのに。そんな悔しさを胸の奥にしまい、仲間をたたえていました。競技への愛情の深さも含めて、みんなの想(おも)いをくんで振る舞う姿に「強いな」と。大勢の人の心を動かした銀メダルでした。

 アスリートの感情が切実に胸に響いた自国開催の五輪でした。有明アリーナで観戦したバレーボール女子日本の韓国戦。初戦で負傷した古賀紗理那選手がコートに立っていました。「やってやる」という覚悟がユニホーム姿から伝わりました。トスを呼び込み、得点する姿に胸を打たれました。1セット25点を取るまでの展開を冷静にイメージし、劣勢の時間帯でも大声で鼓舞する姿に頼もしさを覚えました。ポイントを取るだけの選手ではない。日本チームのコート内に必要な選手だと確信しました。

 1次リーグでの敗退後、黒後愛選手に想いをはせました。「彼女らしいバレーって何だろう」と。今は答えが出ませんでした。不完全燃焼の思いも抱えているのではないでしょうか。それでも私は今大会のプレーも含めて「黒後愛」という選手だと思います。今夏を機に、どんな「明日の黒後愛」をつくっていくのか。決心して行動するのは自分自身です。その姿さえあれば、仲間やスタッフは必ず手を差し伸べるでしょう。

 東レの後輩でもあり、あえて「愛」と呼びます。「私のバレーってこうなんですよ」と胸を張って言えるぐらい、見ている人にも伝わる「愛らしさ」をつくり上げてほしい。真っ白な“キャンバス”に生き生きと描かれるはずの「愛のプレー」を心待ちにしています。(バレーボール女子元日本代表)

 ◆迫田(さこだ)さおり 1987年12月18日生まれ。鹿児島市出身。小学3年で競技を始め、鹿児島西高(現明桜館高)から2006年に東レアローズ入団。10年日本代表入り。バックアタックを武器に12年ロンドン、16年リオデジャネイロ五輪出場。17年現役引退。身長176センチ。スポーツビズ所属。

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