「ピッチャーの動きに近い」バドで開花した元野球少年 19歳梶原「金」

西日本新聞 松田 達也

 東京パラリンピック最終日の5日、バドミントン男子シングルス(車いすWH2)で梶原大暉(日体大)=福岡市出身=が金メダルを獲得した。世界ランキング6位の梶原は決勝で同1位の選手を破る大金星を挙げ「金メダルを目標にして勝つことができて、すごくうれしい」と喜んだ。かつて投手として活躍する野球少年だった19歳は、今大会で初めて実施された競技で頂点に立ち、パラスポーツ界の新星となった。

 小学3年時から「筑紫丘ファイターズ」で野球を始め、中学でも軟式の「福岡ベースボールクラブ」で活躍した。中学2年の夏に交通事故に遭い、右脚を切断し、左脚にも障害が残った。車いす生活となって野球を断念し、バドミントンに巡り合った。

 「ピッチャーの投げる動きとシャトルを打つ動きは近い。野球の経験は大きく役立っている」。福岡・福翔高時代から競技を始め、野球の猛練習で培った基礎体力を生かし、2019、20年に日本選手権のシングルスを連覇。国際大会でも活躍するようになった。

 コロナ禍の昨年は、福岡に戻ってオンライン授業を受けながら練習を積んだ。自宅で過ごす時期は、過去の試合を映像で見ながら車いすを操作する動きを研究。体育館を使えるようになると、福岡県内のジュニアチームの練習に参加しながら、技術を高めた。大会前には、かつての仲間たちから応援と激励の連絡が届いたという。

 東京に住む現在も、プロ野球ソフトバンクの試合をテレビで観戦し、今宮健太の活躍に注目するなど、野球愛は変わらない。それでも「みんなが応援してくれるので、こうして自分がバドミントンをできている。本当に感謝しているし、好きなことをやれているのは楽しい」とバドミントンに心から浸っている。

 47歳の村山浩(SMBCグリーンサービス)と組んだ男子ダブルス(車いす)でも銅メダル。かつて白球を追った球児がシャトルを打ち込み、東京の舞台で輝いた。 (松田達也)

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