冨安健洋「自分の道は自分でつくる」 アーセナルでの葛藤の日々

西日本スポーツ

 サッカー日本代表DFで、イングランド・プレミアリーグのアーセナルに移籍した冨安健洋。福岡で生まれ育ち、アビスパ福岡で土台を築き、活躍の場を海外に広げた。これまで歩んできた道を振り返りながら、現在の考えや未来、理想などをコラム「僕の生きる道」につづる。

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 このコラムを始めて、ちょうど1年が経過しました。5日に23歳の誕生日という節目の時期を迎えたこともあり、今回で一区切りをつけさせてもらおうと思います。最終回では、この1年間で感じたことを伝えます。

 東京五輪に出場し、故障にも苦しみました。変化の多かった1年ですが、やはりアーセナルに移籍したことが一番大きく変わったことでしょうか。満足いくパフォーマンスができない時期が長かったにもかかわらず、ステップアップの移籍ができたことはラッキーだったと思います。

 アーセナルに入団して約2カ月が過ぎました。常に競争があり、壁とぶつかっていて、楽な1日はありません。最近は少しずつチームの戦術を理解してきた中、スタッフから「トミは考えすぎるところがある。そんなに難しく考えず、頭をクリアにしてプレーしていいよ」とアドバイスをいただきました。僕自身も感じていた部分だったので、改めてこの言葉をもらえたことで少し楽になり、思い切ってプレーできるようになりました。

 アルテタ監督のサッカーは理論的で、納得できることがほとんど。そのスタイルをピッチで表現したいのですが、技術や判断がまだまだ足りていない部分があります。練習では監督のサッカーを表現するために頭を使いながら、自分の中に落とし込む。試合では頭をクリアにして思い切ってプレーする。そのサイクルで、監督のサッカーを自然と試合で表現できるようになりたいです。

 冒頭では変化の多い1年だったと伝えましたが、変わらないものもあります。福岡が原点という思いと、自分を育ててくれたアビスパ福岡への感謝の気持ちです。4年前は、J2だったアビスパでプレーしていましたし、本当に速いテンポで進んできました。

 このコラムは終わりになりますが、子どもたちに対して何かプラスになることを発信していきたいという気持ちに変わりはありません。コロナの状況が落ち着き、日本でサッカー教室などを開催し、子どもたちとの触れ合いを取り戻すことができる日が来ることを楽しみにしています。

 「僕の生きる道」というタイトルのように、自分の道は自分でつくるもの。かといって、先のイメージだけ固めても、たどり着く道がないと意味がない。初回のコラムで「目の前の相手に負けない、いまの状況に全力を注ぐ」と伝えました。それが自分の生き方です。

 アーセナルは世界トップレベルの素晴らしいクラブですが、今が世界最高のゴールではありません。まだまだ上があるし、これからも、いくらでも上を目指せると思っています。その気持ちを変わらずに持ち続け、未来の道を進んでいくつもりです。(サッカー日本代表、アーセナル)=おわり

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