故郷で広がる「私の夢」 Vリーグ参入を目指すKANOA福岡・熊本比奈

西日本スポーツ 西口 憲一

 秋の夜長、時間を惜しむようにボールを追っていた。福岡県からバレーボールのVリーグ参入を目指す女子のクラブチーム「KANOA(カノア)福岡」の選手たちだ。今年4月に「福岡春日シーキャッツ」から名称を変更。心機一転、再スタートを切った。9人の部員は福岡市内の体育館などで汗を流している。

 地元福岡出身のアタッカー、熊本比奈は最年長の25歳。唯一Vリーグでのプレー経験がある。「(昨季まで所属した)V2のブレス浜松では、背番号1を付けてレフトで打っていた選手。能力も高いし、もっと上のレベルを目指せる」。Vリーグ男子のパナソニックで活躍した森田亜貴斗監督(39)がうなずいた。

 熊本は高校から親元を離れ、大分の東九州龍谷高で心技体を鍛えられた。「春高」で注目され、自分をさらに高めようと進んだV1のトヨタ車体、V2のブレス浜松でも「勝利」を追求した。「勝ちに対して真っすぐ。それしかありませんでした」。そして故障…。膝を4度手術し、ユニホームを脱ぐことも頭をよぎった時、故郷に新興チームがあることを知った。

 「女子のVリーグチームがない福岡を盛り上げたい。それに…」と口にして熊本は続けた。「親にも見てほしいんです。恩返しをしたいので」

故郷福岡で再スタートを切ったKANOA福岡の熊本比奈

 今春福岡に戻ってから、母に名前「比奈(ひな)」の由来を聞く機会があった。「誰かと比べずに自分らしく生きてほしいという願いを込めて、あえて『比』を名前に入れたそうです」。過去の自分を引きずることなく、福岡で再スタートを切った自身の姿に通じる。

 強豪校やVリーグでプレーした“エリート”の経歴にもお構いなしに接してくる、KANOA福岡のフレンドリーな雰囲気が心地よかった。全員が年下のチームメートからは親しみを込めて「ひなちゃん!」と呼ばれている。「ひな!」と、呼び捨てにされることもある。「変に気を使ってこない、このチームでVに上がりたい」。妹のような仲間たちを支えているつもりが、実は支えられているのかもしれない。

 小学6年生だった2007年。熊本は、西日本新聞の地域版「僕の夢 私の夢」のコーナーで「夢は産婦人科のかんごしになることです。やさしい何でも相談にのれるかんごしになりたいです」とつづっている。人のために-との思いは、母の後ろ姿が原点にある。「介護職に就いていた母の仕事に小さい頃から、一緒に付いていっていました。だから、人のためになる仕事がしたかった」。熊本は夢の途中にいる。バレー人生の“最高到達点”は、まだ先だ。

(西口憲一)

 ◆熊本比奈(くまもと・ひな)1995年12月2日生まれ。福岡県朝倉市出身。金川小2年から始めた競技を、転校した甘木小でも続け、甘木中から東九州龍谷高(大分)に進学。高校では2学年上に鍋谷友理枝(PFU)、1学年上に戸江真奈(久光)がいた。全日本高校選手権(春高バレー)は1年時優勝、主将を務めた3年時は準優勝。2014年にトヨタ車体(Vリーグ1部)入りし16年からブレス浜松(同2部)でプレー。21年5月にKANOA福岡入団。身長174センチ。最高到達点295センチ。

2007年9月19日付西日本新聞朝刊「僕の夢 私の夢」に掲載された熊本比奈の夢

 

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