宗兄弟と瀬古利彦、トラック勝負の激闘 79年福岡国際マラソン

西日本スポーツ

 福岡国際マラソンは5日、平和台陸上競技場発着で行われ、75回目で歴史の幕を下ろす。数々の名勝負を生み出してきた伝統のレースを振り返る。

 1979年、平和台陸上競技場のトラックまでもつれこんだ瀬古利彦と宗兄弟の激闘は日本マラソン史に深く刻まれる名シーンとなった。

 最終盤まで宗兄弟がリード。「いけ」。猛は茂に言われたという。「足に(疲れが)きていて、いけなかった」。レース中に2人で後ろを向くと瀬古が迫っていた。「『エー』って感じでね」。残り200メートルの瀬古のスパートを追い抜く力は残っていなかった。

 何度も激闘を繰り広げ、旭化成の本拠地、宮崎県延岡市が雨でも、宗兄弟の兄、茂は「東京は晴れ。瀬古は練習している」と休まなかったと互いの実力を知るライバル関係を築いた。79年大会で後ろを振り返った宗兄弟に「『疲れているんだな。しめた』と思い、元気になった」という瀬古。その話を聞いたことのある猛は「後ろは振り返ったらいけないってことですよ」と笑った。

 宗兄弟は「福岡はその年の世界一を決める大会だった」と口をそろえる。3人ともに代表に選ばれた80年モスクワ五輪は日本がボイコット。その五輪を制したチェルピンスキー(東ドイツ)を招いた同年の大会は瀬古が1位、猛が2位で伊藤国光が3位。茂の5位までチェルピンスキーに先着し、日本が最強であることを証明した。

PR

陸上 アクセスランキング

PR

注目のテーマ

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング