三池工高・甲子園初V捕手、穴見寛さん死去 東海大五監督で選抜出場

西日本スポーツ

 福岡・三池工高の捕手として1965年夏の甲子園に初出場し初優勝を果たした穴見寛(あなみ・ひろし)さんが5日午後2時15分、胆管がんのため福岡県宗像市内の自宅で死去した。74歳。葬儀・告別式は8日午後1時半から、宗像市赤間駅前2の1の1、善光会館宗像会場で。喪主は妻洋子(ようこ)さん。

 穴見さんは8番捕手として、原貢監督(故人)のもと2年生エースだった上田卓三さん(元南海)をリードして甲子園を制した。三池争議や458人が死亡した炭じん爆発事故が発生するなど、かつての活況を失っていた「炭鉱の町」に優勝旗をもたらし、優勝パレードでは30万人以上が詰め掛けた。

 東海大を卒業後、原さんが監督を務めていた東海大相模高(神奈川)のコーチに就いた。原さんが東海大監督に就任すると、後継者として東海大相模高の監督に就き、甲子園出場を果たした。その後、東海大五高(現東海大福岡)の監督に就任し、85年の選抜大会で甲子園初出場を果たした。2009年夏に監督を勇退後も同校野球部の指導に携わり、今夏の全国高校野球選手権福岡大会ではテレビ中継の解説を務めていた。

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