ホークス一筋・藤原満さん聞き書き「ぶれない」⑥「これは打てんわ」ぼやき声が…

西日本スポーツ 野口 智弘

 ソフトバンクの前身である南海で一時代を築いたプレーヤーがいた。ガッツあふれるプレーでファンを魅了した藤原満さん(75)=西日本スポーツ評論家=だ。一昨年に亡くなった野村克也監督の下でチームプレーに徹し、低迷するホークスの中でいぶし銀の活躍を見せた。太いグリップが特徴の「ツチノコバット」を短く持って安打を量産したレジェンドの半生を聞き書き「ぶれない」でお届けする。

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 入団1年目の1969年2月1日。いよいよ春季キャンプです。この年、南海は飯田徳治さんがヘッドコーチから新監督に昇格しました。46年から23年間も南海を指揮し、プロ野球史上最多勝監督(1773勝)の「親分」こと鶴岡一人さんの後任です。

 それまでの南海のキャンプ地は鶴岡さんの出身地の広島県呉市でしたが、「鶴岡色」を一掃したかった球団の思惑があったのでしょうか、この年から高知県大方町(現黒潮町)にキャンプ地を移転しました。ここがすごかった。太平洋をすぐ間近にしたキャンプ地の周辺は、一面ラッキョウ畑。娯楽施設は一切なし。最寄りの町まで10キロほど離れていて、まさに「陸の孤島」です。まあ、野球に没頭するには最高の場所だったとはいえますが…。

 キャンプ初日の感動は忘れられません。戦後初の三冠王の野村克也さん、5年連続盗塁王に輝いた俊足巧打の広瀬叔功さん、「最も美しいサブマリン投手」の杉浦忠さん、前年に31勝をマークし「最後の30勝投手」といわれる皆川睦雄さんら、テレビや新聞などで見ていたスター選手が目の前にいるんですよ。入団前は南海は好きなチームではなかったけれど、その時には同じユニホームを着ていられることがうれしかった。サイン帳を持っていき、サインをねだりたいほどでした。

 練習風景もかっこいい。ベテラン選手は昼前に球場にやって来て、軽く守備練習をした後、コンコンコンと打撃練習を終えると、「お先に!」って言ってさっと引き揚げるのです。「早くああいう選手になりたいなあ」と憧れたものです。

 緊張したのは、野村さんとのキャッチボール。私はショートで入団しましたから、守備練習で捕手の野村さんとボール回しをする機会が多いのです。びびってしまって、きちんと投げられませんよ。案の定、「返球のボールが高い」ってぼやく野村さんの声は耳が痛かったこと。

 このキャンプで私を取り上げた西日本スポーツの記事を読ませてもらいました。それによると、飯田監督はドラフト1位で法大から入団した富田勝を即戦力として期待しているが、私のことは「控えで育ってくれれば」くらいにしか思っていなかったそうです。しかし、ガッツあふれるプレーや意外とパンチ力のあるバッティングに「これは掘り出し物」と評価を高めた、という記事でした。

 でも、シビアに見ている人がいたのです。気持ちよく打撃練習をしている最中、「あ~、このバッターは打てんわ」とまたもあの不気味なぼやき声。振り向くと、前年から選手兼任で打撃コーチもやっていた野村さんが打撃ケージの外に立っていました。(聞き手・野口智弘)

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