同世代の声が生きる勇気に 50歳の金メダリスト杉浦さん 東京からパリパラリンピックへ

西日本スポーツ 松田 達也

 昨夏の東京パラリンピックで自転車の個人ロードレース、個人ロードタイムトライアルの2冠に輝き、日本選手史上最年長の金メダリストとなった杉浦佳子(51)=静岡県出身、VC福岡=が西日本スポーツのインタビューで、2024年のパリ・パラリンピックを目指す意向を明らかにした。年齢についての思い、ロードレースチーム「VC福岡」での活動を振り返るとともに、東京パラリンピックが開催されたことへの感謝の気持ちも語った。(聞き手、構成=松田達也)

   ◇   ◇

 -東京パラリンピックの反響は。

 「これまで世界選手権で優勝したときなどもうれしかったが、そのことを知っている人はほとんどいなかった。今回、自分が金メダルを取っても、誰も見ていないと思っていたので、多くの人に『勇気をもらった』『ありがとう』と言っていただき驚いた。自分は生きていていいんだ、と感じられた」

 -東京パラリンピックのレースを振り返って。

 「コーチが周到な準備をしてくれた。私はそれに乗っかって、プラン通りに走った。事前に伝えられていた展開通りのレースになった」

 -自身の準備は。

 「よく当たる占い師の方に、時々お願いするんです。大会前にも占ってもらったら、金色のものを持って行くといいと言われた。選手村のレクリエーションルームに金色の折り紙があったので、ファイルに2枚挟んでいったんです。神の手を借りてでもという思いがあったので」

 -50歳での金メダリストは日本人選手としては過去最年長。年齢については。

 「薬剤師をやっていたころは、年齢を重ねて知識や経験を積むことが大事と思っていた。アスリートになってからは、年を取ると不安になる。自分にとって、年齢はネガティブワードだった。ただ、パラリンピックを終えて、これだけ多くの方に『おめでとう』と言ってもらえるのは、最年長という枕詞(まくらことば)があるからかなと。そう思うと、決してネガティブではない。特に同世代の方からの声は、生きる勇気になりました」

 -今後に向けては。

 「トラック競技で力を出し切れない部分があった。いまは新しい練習も取り入れ、競技力が向上している途中という意識がある。もっと改善する余地もある。自分の限界を見に行こうかと思っている」

 -2024年にはパリ大会がある。

 「パラリンピックに出るためにはポイント争いがある。出場枠を取るには試合に出てポイントを取らないといけない。その結果で得るポイントは自分ではなく、日本につく。若手が頑張っていて、私を抜くことを目標にしている。その子たちがピークを迎えたとき、ポイントがなくてパラリンピックに出られないのは悲しい」

 -自分だけのためではない。

 「(世界トップクラスの実力がある)自分ができることはポイントを獲得すること。結果的に私が(パラリンピックに)出るかもしれないし、若い選手が出場するかもしれない」

 -VC福岡での活動について。

 「本当に感謝している。チームはプロなんだけど、私のようなロードレースの初心者と一緒に走ってくれる。レベルの高い環境で練習ができたのが大きかった。ロードレースに詳しい人が今回のパラリンピックを見たら、私が集団走行の走りに一番慣れていたと感じるでしょう」

 -コロナ禍で実戦経験を重ねる機会が少なかった選手も多い。

 「VC福岡に加入することで、実業団トップの女子選手のレースに出場できる。障害があると、そういうレースにはなかなか参加できない。その経験がレース勘を養うことになった。日本パラサイクリング連盟からは『健常者の大会に出なくてもいいのでは』という声もあったが、コーチが説得してくれた」

 -チームの雰囲気もよかったのか。

 「私が加入することが決まって、SNSで喜びの声を上げてくれた選手がいた。チームに入っても友達のように受け入れてくれた。陰で支えてくれたスタッフの皆さんにも救われた。本当に居心地がよかった」

 -コロナ禍でパラリンピックが無事に開催された。その喜びは。

 「開催に向けて尽力していただいたことが、どれだけ大変だったでしょうか。パラリンピックというきらびやかな舞台の重い扉を開けてくれた人がいた。きっと自問自答しながら進めてくれた方もいたはず。本当にありがとう、という言葉しかない。出場できたことで、もう少し頑張って生きていこうという希望をもらえた。生きる道が見えたんです」

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