ホークス一筋・藤原満さん聞き書き「ぶれない」⑦「神様」の御利益で初安打も…

西日本スポーツ 野口 智弘

 ソフトバンクの前身である南海で一時代を築いたプレーヤーがいた。ガッツあふれるプレーでファンを魅了した藤原満さん(75)=西日本スポーツ評論家=だ。一昨年に亡くなった野村克也監督の下でチームプレーに徹し、低迷するホークスの中でいぶし銀の活躍を見せた。太いグリップが特徴の「ツチノコバット」を短く持って安打を量産したレジェンドの半生を聞き書き「ぶれない」でお届けする。

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 「このバッター、打てんわ」。1年目のキャンプで、打撃コーチ兼任だった野村克也さんがつぶやいた「予言」が当たりました。オープン戦ではそこそこ結果を出しましたが、開幕すると投手の目の色もボールの質も違った。打てない。スイングする際、後ろの振りが大きいのでプロの速球に対応できないことを野村さんは見破っていたのです。

 衝撃だったのが、1969年6月18日の近鉄戦(日生)で初対戦した左腕鈴木啓示の剛速球です。代打に出ていったのに、一度もバットを振れずに見逃し三振。球が速くて見えない。大ショックです。温厚な飯田徳治監督から「何しに行ったんか」と叱られました。高卒でプロ入りした鈴木は4年目でしたが、私より1歳年下です。この年に24勝を挙げて最多勝に輝く近鉄のエース。「年下の投手に手も足も出ないとは…」。悔しかったです。

 気がつくと開幕から22打席ノーヒット。初出塁もやっと20打席目です。6月14日の西鉄戦(平和台)で、現役最後の年だった稲尾和久さんから胸をかする死球を当てられました。初めて一塁ベースに到達した時、「神様、仏様、稲尾様に当ててもらった」と妙に興奮したことを覚えています。「神様」の御利益でしょうか、それから出場2試合後の21日のロッテ戦(東京)。23打席目で木樽正明から三遊間突破の初安打を放つことができました。

 ショートの守備も悲惨でした。レギュラーの小池兼司さんのけがで巡ってきたプロ初スタメンは、5月14日の近鉄戦(日生)。ところが、2回に二つのミス(失策は1)をやらかして即刻交代させられました。センター前にフラフラと上がった飛球では、俊足の広瀬叔功さんが猛スピードで突っ込んでくるのが怖くてよけると、ボールはポトリ。怒鳴られました。

 目がつり上がっている味方のベンチに帰るのが怖くて、敵ベンチに戻ろうかと何度思ったことか…。「小池さん、早く戻ってきてえ」と泣き叫びたいほどでした。1年目は55試合しか出ていないのに10失策ですから、ひどいものです。

 そして、チーム成績もひどかった。6月には1分けを挟んで15連敗。小倉球場で10連敗した後、飲みに出かけて門限を破ったことがばれました。岡本伊三美コーチの前に正座させられて、「今どんなチーム事情か分かっとるんか!」と叱られました。レギュラーの選手も門限を破っているのに、なんで試合に出ていない控えの私が怒られるのか。

 プロの壁に苦しんだ1年目の私の打撃成績は114打数22安打、2本塁打で打率は1割9分3厘。そして、チームは戦後初めて屈辱の最下位に沈みました。(聞き手・野口智弘)

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